読む人によって関心の在処は違うだろうが、一つの読みどころはエリザベス女王とダイアナ妃の関係性にあることは間違いない。個人的な興味で読み進む。だが、チャールズとダイアナ妃の婚約から成婚にいたる部分は実は10頁に満たない。あれ、もう少し書いてくれないかな、とも思う。二人の関係がギクシャクしていたのならば、そのあたりを詳しく……と思うのだが、エリザベスは「ダイアナを助けたくて手を差しのべたのだが、ダイアナが必要としていたのは、エリザベスの経験を超えたところにあった。エリザベスは嫁がなぜ不幸なのか話し合うことができなかった。親身になって人の話を聞くことができないのはエリザベスの性格だったが、ダイアナはそれを自分への無関心の証拠と誤って解釈した」と、的確に評している。
つまり、この本、とてもバランスを大切にして書かれている。世界でもっとも有名な一人の女性は、ときに狙撃され、肉親に先立たれ、息子の再婚をようやく認知する。孫の一人が女優と結婚して、王室から出て行く。とにかく次から次へと事件ばかりが起こる。どこにフォーカスしてもその事件一つで本がまるまる一冊、書けるほど。だからどの事件にも踏み込まない。事件を女王がどう考えているか、最低限の推測を述べるのみ。女王が自分の内面を吐露するような、俗っぽい評伝が陥りがちな手法を絶対に用いない。資料を集めるだけ集め、もっとも信憑性の高い言葉を抽出し、織り上げた個人史こそが、この本なのである。読後、不思議な爽やかさが残る。「~だわ」的な女性口調をできる限り抑えた訳文も見事だ。
※週刊朝日 2022年8月5日号