文芸評論家・陣野俊史さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『ザ・クイーン エリザベス女王とイギリスが歩んだ一○○年』(マシュー・デニソン著 実川元子訳、カンゼン 3300円・税込み)。
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英国女王の評伝である。エリザベス女王は1926年生まれなので、今年で96歳になる。在位70年の祝賀行事も記憶に新しい。彼女が歴代最長の在位を誇る女王である事実に、まず単純に驚く。評者の記憶のなかの彼女はもう相当に貫禄があったから、若い頃からクイーンとしての度量というか、落ち着きというか、資質が存分に発揮されていたのだろう。
評伝だから、様々な歴史を踏まえている。20世紀の主な事件とともに生きてきたと言っても過言ではない。「金髪がふわふわとカールした女の赤ちゃん」の時代から、身近にいる大人の物真似の上手な、おしゃまな少女の時を経て、彼女以外に「女王」の候補がいなくなる時代へ(このあたりのエピソードでいちばん笑ったのは、家庭教師として雇われたフランス語担当の女性が、「動詞の変化を際限なく書いて覚えるように」指導した結果、少女エリザベスは、大きな銀のインクポットに頭を突っ込んで抵抗し、「インクが顔に垂れて、ゆっくりと金髪がブルーに染まった」くだり。いやはや)。
1952年にジョージ六世が崩御すると、エリザベス二世として即位する。おそらく彼女は幼少期から、自分はなるべくして女王になるのだ、と信じていたのではないか、と著者は指摘する(じっさいそれに類する発言には事欠かない)。彼女の女王としてのプライドを支えたのは、大英帝国への個人的な思い入れだったのではないか。英連邦は「王室への忠誠で結ばれた家族のような国々だ」と理解していた。だから政治的に利用されようと、彼女は危険な地域にも出かけて行った。多忙を極めた。
となると、母親としての生活が手薄になってしまう。もっとも心配だったのが、チャールズ皇太子だった。両親(つまりエリザベスとフィリップ)は息子に、「タフでエネルギッシュで才能あふれる」姿を期待したが、彼は「内気で、繊細で、痛々しいほど行儀よく、運動能力に欠け、太り気味」だった。なんだかちょっと気の毒になった。