「戦争の責任の一端は、昭和天皇にもあると感じています。その子どもや孫である皇室の人たちが祈りを捧げることに意味はあると思います」
【平成の慰霊の旅。黙礼した上皇ご夫妻のそばを飛ぶシロアジサシの写真】
練馬区遺族会会長を務める真田立穂(さなだ・たつほ)さん(82)は、そう思いを吐露する。5月30日、第2次世界大戦の戦没者の遺骨を納める拝礼式が、東京都千代田区の千鳥ケ淵戦没者墓苑で行われ、秋篠宮ご夫妻が出席した。
収集されたものの身元がわからず、遺族に引き渡すことのできない遺骨が納められるのが、ここ千鳥ケ淵の戦没者墓苑だ。この日は、ロシアやマーシャル諸島などで収集したものの、身元が判明しなかった217人分の遺骨が新たに納められた。これで墓苑に納骨されたのは37万269柱となる。
秋篠宮ご夫妻は遺族に頭を垂れ、祈りを捧げた。
この日、真田さんは遺族席に座り、秋篠宮ご夫妻の祈りを見守った。真田さんの父親は、激戦地となったフィリピンのマニラ湾口のコレヒドール島で戦死した。
「所属は海軍で佐世保(長崎)からフィリピンに向かいました。海軍でしたが現地で飛行機に乗せられた。残っている遺影は、プロペラ機の前に立つ姿です。最後どうだったのかはわからない。人間魚雷のように敵艦に特攻させられたのかもしれません」
■遺族と皇室への複雑な思い
真田さんの父親の遺骨の行方ははっきりしていない。
「陸ならば命を落としても誰かが拾ってくれる。しかし、海で戦死した場合は捜すことが難しい。だから、政府が行っている遺骨収集の活動についても、本音を言えばピンとこない部分はあります。天皇のために-、と死んでいった犠牲者を思うと慰霊に参列する皇室に対して、感謝だけではない思いもあります。それでも、皇室が犠牲者の魂に祈り続けることが大切であると思う」
今年、日本は戦後77年の夏を迎える。
上皇ご夫妻をはじめ皇族方は、昭和の皇室が残した負の遺産に向き合い、犠牲者に祈りを捧げてきた。
2005年6月28日。当時、天皇陛下と皇后美智子さまは、平成の慰霊の旅のなかで、サイパンを訪れた。
北マリアナ諸島サイパン島の北部、マッピ山。
低木林が両脇に密集する細道を標高200メートルほどの高さまで登ると、スーサイドクリフと呼ばれる断崖の先端に出る。のぞき込むと目がくらむような垂直の崖。眼下に広がるのは、米軍に追い詰められた日本人が身を投げた岩地だ。その先には、バンザイクリフと紺青の海が広がる。