ただ、ピョートル大帝の人物像は、複雑で多面的だ。
本格的な海軍を編成するなど軍事力を増強して領土を拡大しただけではない。欧州の科学技術や制度、風俗を大胆に取り入れて、ロシアを辺境の小国から欧州の大国に肩をならべる存在へと変貌(へんぼう)させた。
ピョートル大帝は、ロシアの旧弊を憎んだ。当時多くの男性が長く伸ばしていたひげに税金をかけた逸話は有名だ。
世界への窓を閉じる
サンクトペテルブルク副市長時代のプーチン氏は、領土拡大などを夢見る立場になかった。むしろ、ピョートル大帝の開明的な側面に学ぼうとしていたのではないだろうか。
ソ連崩壊後の混乱の中、西側企業の誘致に奔走したのはほかならぬプーチン氏だった。情報機関KGBで身につけたドイツ語も大いに役立ったに違いない。
ところが今のプーチン氏は、こうした過去を忘れてしまったようだ。
ウクライナへの侵略の結果、欧米や日本から経済制裁を受けているだけでなく、多くの企業が競うようにロシアから撤退している。プーチン氏は、ピョートル大帝に倣って自ら開いた欧州や世界へとつながる窓を、再び閉じてしまったのだ。
今、プーチン氏が好んで口にするのは、欧州のリベラルな価値観への蔑視と、ロシア古来の精神的遺産を守るというアナクロなお題目ばかり。これは、ピョートル大帝の精神とは対極だ。ロシアは再び、欧州から見て東方の遅れた小国に落ちぶれかねないのが実態だ。(朝日新聞論説委員[元モスクワ支局長]・駒木明義)
※AERA 2022年6月27日号より抜粋