仕事の合間に首里城へ初めて赴いた。前の月に火災があったばかり。国際通りのホテルから首里城目指してとりあえず歩く。しばらくすると周りには歩いてる人がいなくなった。軒先のおばさんに「首里城まだですかね?」と聞くと「どこから歩いてきたの?」「国際通り」「……これあげる」とペットボトルの水を貰った。向かいからおじさん二人組が歩いてきた。一人のおじさんが足をとめ「一之輔さん!?」と声をかけてきた。「今晩の落語会行きます!」「ありがとうございます」。そのおじさんがもう一人のおじさんに声をかけた。「この人、落語家で春風亭一之輔さん。一之輔さん、ご紹介します。こちら鳩山由紀夫さん」「はじめまして、鳩山です」。知ってる。なんなら奥さんも知ってるし、物真似芸人の鳩山来留夫も知ってる。首里城目指して歩いてたら、知らないおじさんから元首相を紹介された。「また今晩」と、知らないおじさんは知ってるおじさんと坂を下っていく。
着いた。首里城の中には勿論入れず、門の外から覗くだけだ。まだきな臭いにおいがたちこめていた。受付で「頑張ってください」と言い残し、募金箱に自分としては高めの額を入れた。迷いに迷ったが、帰り道も歩くことに。水をくれたおばさんに御礼を言おうと思ったが、日が暮れてどこの家だかわからなくなってしまったのが不覚中の不覚。腹が減ったのでカバンにあったパインケーキを食べたら、抜群に美味かった。
今年は7月9日に沖縄独演会を予定している。
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/1978年、千葉県生まれ。落語家。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。この連載をまとめたエッセー集の第1弾『いちのすけのまくら』(朝日文庫、850円)が絶賛発売中。ぜひ!
※週刊朝日 2022年7月1日号