宇賀なつみさん
宇賀なつみさん

「歌詞は人の声を通して、つまり身体化して完成するわけですね」と問いかけると、「そうだね。今でも、当時の歌詞を誰かが歌うと新たな気づきがある」と松本さん。歌詞それだけでは未完成で、出来上がるのは人の声を通して。「未完成」という言葉には青春の初々しさも感じられる。身体化という意味では肉筆も同じだ。指先から生まれた肉筆に松本さんの感情の起伏を表す微かな揺れの痕跡があり、ユーミンの心に刻まれ、だから僕に教えてくれた。半世紀も前のことなのに。

 はっぴいえんどは日本語でロックを歌う革命を成し遂げたが、そのメンバーだった松本さんは、作詞家として日本の音楽界の何もかもを塗り替え、多くの名作を生み続けた。

延江浩(のぶえ・ひろし)(左)/ 1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。『松本隆 言葉の教室』(マガジンハウス)が好評発売中。松本隆(まつもと・たかし)(右)/ 1949年、東京都生まれ。69年に細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂と「ヴァレンタイン・ブルー」(のちに「はっぴいえんど」)を結成し、ドラムと作詞を担当。解散後は数々のアーティストへ詞を提供し、日本の音楽シーンを牽引した。昨年、作詞活動50周年を記念するトリビュートアルバム「風街に連れてって!」をリリース。
延江浩(のぶえ・ひろし)(左)/ 1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。『松本隆 言葉の教室』(マガジンハウス)が好評発売中。松本隆(まつもと・たかし)(右)/ 1949年、東京都生まれ。69年に細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂と「ヴァレンタイン・ブルー」(のちに「はっぴいえんど」)を結成し、ドラムと作詞を担当。解散後は数々のアーティストへ詞を提供し、日本の音楽シーンを牽引した。昨年、作詞活動50周年を記念するトリビュートアルバム「風街に連れてって!」をリリース。

『言葉の教室』の執筆を通し、僕は当時の松本さんにひそやかな勝算と自信を感じた。その礎は深い読書量に基づく教養である。

「10までは言わない。1で留める」。吟味の果てに言葉を削(そ)ぎ落とす凄(すご)みと、そこに生まれるふくよかな余韻は日本文学の系譜だった。「余白、余韻には意味がある」。そして定型やテクニックの放棄。「これらはぼくからいちばん遠いところにある。どういう表現をすれば人の心が動くのか。それは潜在意識に届く言葉。潜在意識に言葉を届けるには、つくる側も潜在意識を使う。頭で考えるのではなくどれだけ自分を空白に、無にしておけるか、無から生まれるものには強さが備わっている」

 松本さんがさらに続けたのは、故郷・東京への喪失感についてだった。「僕は東京を離れてしまっているけれど、この前ビルから渋谷を眺めたら、(再開発で)穴ぼこだらけ。これはない」

 故郷を「風街」と呼んだ松本さんだが、言葉の教室のラストにまるで変わってしまった故郷の姿を語り、これは後輩の君たちに託すからねというふうにマイクを置いた。

週刊朝日  2022年7月29日号

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