夏の昼間は酷暑を避けて、森林の木陰や藪の奥などに潜んでいた昆虫たちも、秋の訪れとともに日中も多く見られるようになります。花群にはコガネムシ類が少なくなる分、ハナバチやホウジャク類などが多く訪れます。そんなお馴染みの顔ぶれに混じって、大きな目ともふもふの体、絵の具の「黄土色」をそのまま塗ったような翅の色の、チョウともガともつかない謎の虫をよく見かけるようになります。
それがセセリチョウ(挵蝶)です。

花に集まるセセリチョウ。リスや野ウサギとも共通する愛らしさがあると思いませんか?
花に集まるセセリチョウ。リスや野ウサギとも共通する愛らしさがあると思いませんか?
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セセリはチョウとガの区別を軽やかにスキップ(越境)する!

セセリチョウは、住宅地や都市部の植栽によく利用される低木のアベリアの花や、雑草のクローバーなどによく吸蜜に訪れる、体長2cmほどの小さなチョウです。

チョウとガの仲間で構成されるチョウ目(鱗翅目)は世界に約16万5,000種が知られる大きなグループですが、そのほとんどはいわゆる「ガ」で、「チョウ」とされるのはアゲハチョウ上科とセセリチョウ上科、シャクガモドキ上科の三上科にすぎません。とはいえ、分類学上はチョウとガの区別は実はありません。古くから人が恣意的に分けてきた「きれいなチョウと汚いガ」「昼飛ぶ明るいチョウと夜飛ぶ怖いガ」「ちょっとかわいい青虫の親のチョウと毒々しい毛虫の親のガ」といったイメージ投影がとても強いために、「チョウっぽい特徴のチョウ目」を便宜上チョウとして分けているにすぎないのです。
そしてその便宜的分類では、セセリチョウ上科はとりあえずは「チョウ」とはされているものの、その性質や形状はチョウとガの中間的なものです。

典型的なチョウの触角は、根元が細く、先端が膨らむこん棒状ですが、セセリチョウはこん棒状ではあるものの、先端付近で一旦太くなった触角から細いかぎ状の突起が出て、後ろに反り返っています。チョウとガのハイブリッドのような触角です。
セセリチョウの飛翔は、古語で「かわひらこ」と呼ばれるチョウのひらひらとした飛翔ではなく、きわめて敏捷で目にもとまらぬ速さで飛び回ります。このため胸部の筋肉が発達し、同じサイズのシジミチョウと比べてもずっとずんぐりとしています。しかも頭部から胸部にかけてはもふもふの毛におおわれていて「蛾っぽい」見た目をかもしだしています。

またやはり古語で「手児奈(てこな)」と呼ばれるチョウの一般に大きく優雅な翅ではなく、小型のガのように小さな三角形の翅をしています。シジミチョウと比べても、セセリチョウの翅のかたちはチョウとしては特異です。

幼虫の食草はイネ科、タケ科、ヤマノイモ科などの単子葉植物に特化し、食草の葉を巻いて作った居室(巣)を作り、そこで籠って生活し、巣の中で蛹に変態します。このためセセリチョウの幼虫は「千巻(ちまき)虫」「葉捲(まく)り」などの名をもちます。繭を作ってその中で蛹となるガと、茎などに糸でつり下がって蛹化するチョウのちょうど中間の生態といえます。

成虫はさまざまな花に訪れて花蜜を摂取する他、動物の排泄物などにも嗜好性を示します。

チャバネセセリ。ストローのように口吻を伸ばして蜜をすいます
チャバネセセリ。ストローのように口吻を伸ばして蜜をすいます

チョウ界のスズメ?見れば見るほどキュートなセセリチョウ

もっとも一般的に広く分布するチャバネセセリ(茶羽挵 Pelopidas mathias)とイチモンジセセリ(一文字挵 Parnara guttata)だと、チャバネセセリの幼虫がチガヤやエノコログサ、ススキなどの比較的乾燥した草原のイネ科を好むのに対して、イチモンジセセリの幼虫はヒエやアワ、イネなどの湿性のイネ科植物を嗜好します。このためイチモンジセセリはイネの害虫として農家には嫌われていますが、一方でイチモンジセセリが大発生する年は豊作であるという言い伝えもあって、「豊年虫」というなかなかめでたい別名もあるのです。

セセリチョウは、全世界に3,600種ほどが知られていますが、そのうちの2,000種以上は南米産で、セセリチョウの分布の中心地は南アメリカの暖温帯から熱帯。日本のセセリチョウも南方型の性質を示し、秋が深まるころ、高地や関東以北の東日本のイチモンジセセリが、西南日本に向けて一斉に短距離の渡りをすることも知られています。チャバネセセリも、イチモンジセセリほどではないものの、冬の前に暖地に移動して産卵する傾向が見られます。しかしこれも、近年の気候の変化のせいか、以前ほどには大きな移動は見られなくなっているようです。

この二種は前述したとおり、もっとも普通に身近に見られるセセリチョウですが、見た目は極めてよく似ており、近づいて見なければなかなか見分けがつきません。
チャバネセセリは、イチモンジセセリよりも前翅後翅が縦に長く、後翅の裏(翅を立ててとまったときに外側になる面)に星のような銀白の点が翅の外縁付近に離れて四つ、つけ根寄りに一つあります。
対してイチモンジセセリは、チャバネセセリよりはやや丸っこい後翅裏に、コメ粒型の銀白紋が近接して斜めにまっすぐ並んで一文字型をなすため、その名が付きました。

近づいて見ますと、ぱっちりとした黒目とふわふわの胸毛、子供の作る紙飛行機のような後翅を立てたとまり方など、見れば見るほど愛らしく、さしずめ「チョウ界のスズメ」といったところ。かわいらしいモンシロチョウやシジミチョウなどと比べても、優るとも劣らぬ魅力があることがわかると思います。
セセリチョウの仲間には、青白く鋭利な紋が入るギンイチモンジセセリ、暗褐色に白い紋が格式ありげでタテハチョウにも似ているダイミョウセセリ、青とオレンジの体色が美しいアオバセセリなど、美しい種も中にはあり、地味に見えながら実は奥深い魅力のあるチョウなのです。

独特の紙飛行機スタイルで休むイチモンジセセリ
独特の紙飛行機スタイルで休むイチモンジセセリ

「せせり」って何のこと?かつてはセセリは蛾だった!

ところでセセリチョウの「セセリ」とは何のことでしょうか。
『栗氏千虫譜』(栗本丹洲 1811年)には、セセリチョウ(翅に白い斑が描かれていることから、イチモンジセセリのようです)が、ややラフながら、一目でそれとわかるスケッチとともに記載されています。

花蛾 性軽捷ニシテ人ニ獲レズ 指頭ニ酒ヲ塗テ出セハ 花ヨリ指頭ニ移リ貪リ吸フ

解説文にはこのようにあり、動きが素早くて人間には捕まえがたいが、指先にお酒をつけて差し出すと自ら飛び移って来てごくごく飲む、とあります。そして注目すべきは名称が「花蛾」だということです。江戸時代には、セセリチョウは「花蛾」、つまり花に寄ってくる蛾の一種だと考えられていたことがわかります。
「セセリ」という名は、明治を遡っては確認することができないことから、おそらく西洋の生物分類学が明治になって移入した折に、ガの一種とされてきたこの仲間を名付ける際に「セセリチョウ」という名ができたのではないか、と考えられます。

セセリチョウの名は、盛んに花の蜜や水分などをそのストローのような長い口吻で「せせる」ことから来ている、と説明されています。せせるとは、くりかえしつついて細かくほじる、といった意味を持ちますが、ほとんど全てのチョウ目の成虫はストロー状の口で蜜を吸う生態です。ですから、これではなぜセセリチョウに限ってその名で呼ばれるのかの説明にはなっていないように思われます。

「せせる」の意味成立には「挵(せせ)り箸」などの成語(料理をあちこちつついたり、箸をつまようじのように使って歯の間をつつくなどのマナー違反の嫌い箸行為)と、わずかな差を競い争う「競(せ)る」「競り合い」といった動詞と関わりがあると考えられます。
また、「瀬々」という言葉があります。百人一首にも選ばれている和歌、

朝ぼらけ 宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木 (権中納言定頼『千載集』)

早朝の霧がはれてくると、宇治川のあちこちの川瀬に、網代木(漁網をかけて固定する杭)があらわれてくる、という意味です。この「瀬々」も、あちこちの瀬、という意味から「折々」の意味や「あちらにもこちらにも」と言った意味で使われます。「せわしない」「せっせと」なども全て同様で、忙しく立ち働くさま、神出鬼没にあちこちにひょこひょこあらわれるさまを「せ」あるいは「せせ」という音は含意しています。
「せ」とは「背」にもつながり、「せっつく」は背中をおされて前(行動)へ出るよう促される意味です。つまり、過去と未来の狭い間にある「今」が常に「瀬」であり、その刹那で絶えず動き回るさまを「せせ」と表したと考えることができます。
「ちまちま動く」「忙しく飛び移る」と言った意味が「せせ」という言葉にはこめられており、まさにそれはセセリチョウのすばしこくめまぐるしい動作を忠実にあらわしたものだといえないでしょうか。

キラキラした秋の空気にふさわしく、「チョウ?ガ?何それ?」とばかりに軽やかに飛び回るセセリたち。さて、今年は「豊年虫」が飛び交う秋となるでしょうか。

アオバセセリ。このような美しい種もセセリチョウの中にいます
アオバセセリ。このような美しい種もセセリチョウの中にいます

(参考・参照)
蝶 藤岡知夫 大矢厚夫 山と渓谷社
栗氏千虫譜 - 国立国会図書館デジタルコレクション

威厳を感じるダイミョウセセリ。繁殖期には目にもとまらぬ速さで飛び回りバトルします
威厳を感じるダイミョウセセリ。繁殖期には目にもとまらぬ速さで飛び回りバトルします