生物学者として、自然や生命の不思議を追い続けてきた福岡伸一さん。自身初となる本格小説は、児童文学シリーズ「ドリトル先生」の世界が舞台の冒険物語だ。AERA 2022年7月18-25日合併号の記事を紹介する。
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──本書は、福岡伸一さんにとって初めての本格小説ですね。
ノンフィクションの本はこれまでにたくさん出版してきました。でもノンフィクションでは書けない科学者の思いや、ある種のセンス・オブ・ワンダーのような感動、科学的には正確には言えないけれども語っておきたい生命の在り方や輝きなどは、小説の形でしか書けないと思っていたんです。しかし、自分でいざ小説を書こうと思うと、自分の文体がなかなか見つからない。一人称で書いてみようと思ったこともありますが、「僕が○○して○○したとき」なんて書くと、急に村上春樹っぽくなってしまう。これは、なんだか恥ずかしいなあと思って(笑)。三人称の小説もたくさんありますし、とてもおもしろいのですが、いざ自分で書こうと思うと神の視点で登場人物が動くような感じに違和感があったんですね。いろいろ悩んでしまって、自分の小説というのが書けないでいたんです。
──それがどういうきっかけで執筆に至ったのでしょう。
2020年にガラパゴス諸島へ行きました。その時、どうしてガラパゴスの自然がいまも残っているのか、軍事拠点にもならず観光化もされてこなかったのかと考えたんです。ガラパゴスの歴史を調べてみると、ダーウィンたちを乗せた英国海軍の測量船ビーグル号が到着するよりも先に、エクアドルという南米の国が領有宣言をしています。1832年のことです。当時、建国されて間もないエクアドルには軍事化も観光化もする余裕はなかったのでしょう。エクアドルの領土になっていたおかげで欧米列強の手に落ちずに済み、ガラパゴスの自然は破壊されずにすんだ──たまたま偶然が重なったのだと思います。偶然の裏には必ず必然があるはずなのですが、歴史的にはその必然がよくわかりませんでした。