ツキノワグマ(撮影:宮崎学)
ツキノワグマ(撮影:宮崎学)

■無冠の金字塔「けもの道」

 筆者は7年前、宮崎さんの撮影フィールドを案内してもらった際、このガソリンスタンドを通りかかった。宮崎さんはハンドルをにぎりながら言った。「俺はここで虎視眈々(たんたん)と牙を磨いていたんだよ」。

 72年、写真絵本『山にいきる にほんかもしか』でデビューすると、宮崎さんはそれまでにない斬新な撮影方法に挑戦し始める。森の中にわなを仕掛けるように無人の自動カメラを設置し、ありのままの野生動物の姿を写すことだった。

 最初は「けもの道」を横切るように黒い糸を張り、それに動物が触れるとシャッターが切れる仕組みを作った。「これがうまくいった。いけるぞ、と」。黒い糸はやがて赤外線センサーに変わった。

 2年ほどかけて装置を改良し、撮影が軌道に乗ってくると、「食うものも、食われるものも同じ山道を歩いて生活していることを発見した」。それは、宮崎さんが従来の動物写真家とはひと味違う独自の道を歩み始めた瞬間でもあった。

 78年、それまで誰も見たことのなかった動物たちの姿をあらわにしたネイチャー写真の金字塔「けもの道」を発表。そこに登山者の足元が写った写真を交えているのが「自然界の報道写真家」を名乗る宮崎さんらしい。

 写真展を開催した銀座ニコンサロンは入場記録を打ち立てるほどの大盛況となった。

 しかし、写真界の重鎮からは「宮崎は自分の手でシャッターを切っていない。邪道だ」と、ずいぶん嫌みを言われたらしい。そんなこともあってか、「けもの道」は何の受賞もしなかった。

ハチクマ。オスが持ってきたハチの巣をくわえ、翼を震わせて歓喜するメス(撮影:宮崎学)
ハチクマ。オスが持ってきたハチの巣をくわえ、翼を震わせて歓喜するメス(撮影:宮崎学)

■15年かけた労作と決別

 続けて81年に発表した「鷲と鷹」は15年かけて国内の全種類のワシとタカを撮影した労作である。

「若いときに目標を立てて、北海道から沖縄までクリアした。それは自分自身への挑戦でもあって、『クリアできなかったら、お前はダメだぞ』と言い聞かせて、撮り続けた。でも、作品をまとめた段階で、この方法では表現に限界があると悟ったんです。こんな、人と同じことをずるずる続けていたらダメだ、もう次に行かなきゃと」

 当時はごく一部の人しか撮ることのできない写真だったが、「いまなら簡単に撮れる。アマチュアでも野鳥を撮っている人の機材なんか、すごいんだから」と、宮崎さんは言う。

「大切なのは撮影テクニックと時代を見据えた企画力。その両輪によって、『腐らない写真』をいかに撮っていくか、ですよ」

 その言葉どおり、宮崎さんは次々と斬新な発想の作品を発表していく。

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「人は自然をきれいに見すぎる」