「本当なら春馬君もあいさつに立っているはずでした。映画のお披露目という席なのに、春馬君と一緒に立てないということがとても悔しかった」
「映画 太陽の子」は太平洋戦争末期の1945年の夏、実際に存在した「F研究」と呼ばれる日本の原爆開発研究に従事する学生たちを中心に、戦争に翻弄される若者たちを描いた青春群像劇だ。柳楽は原爆開発に没頭する科学者・石村修を演じた。三浦はその弟・裕之として、戦地から一時帰還した軍人を熱演した。兄弟2人と幼なじみの朝倉世津の役を有村が演じた。
黒崎氏は三浦さんを作品で起用するのは初めてだった。
「まだ映画ができるか決まっていない段階で、脚本を春馬君に渡したんです。そうしたら、すぐに春馬君から『ぜひやりたいです』という返事をもらいました。春馬君は『絶対、撮影して映画として実現しましょう』と背中を押してくれたんです。映画化が決まると、春馬君は断髪して役作りに没頭してくれました。『こんな短い髪にするのは何年ぶりだろう』と話していましたね」
映画の最大の見どころは、柳楽、三浦、有村の3人がそろった「海のシーン」だ。
幼なじみの3人が食料の買い出しに行くと、帰りのバスのエンジンが故障してしまい、野宿をすることになる。裕之(三浦)は一切口には出さないものの、戦地での体験が心の深い傷となり、トラウマ(心的外傷)を抱えていた。翌朝、海へ行った裕之はその恐怖心にさいなまれ、海の中へ無意識に引き込まれてしまう。それを修(柳楽)と世津(有村)の2人が必死で止めるというシーンだ。
撮影は、京都府京丹後市の日本海に面した海岸で行われた。その時の撮影秘話を黒崎氏はこう語る。
「夜明けのマジックアワーの一瞬を狙って一発本番で撮ろうと決めていました。スタッフは、まだ真っ暗な午前2~3時に宿を出発し、海岸で準備万端で待ち受けていました。ただ、朝の空気、風向き、演者が海の中に入っていく感触次第で、どう変わるかわからない。一瞬にかける緊張感がありました」