
建設会社を転々としながら、休日になるとカメラを持って撮り歩いた。
「で、55歳のときにね、どうしても写真をやりたい、もっと撮りたいと思うて、会社を辞めたんですわ」
すると、「そんなら手つどうてくれよ」と、写真仲間から声がかかり、「学校行事や結婚式、選挙とかね、依頼された撮影の仕事をまわしてもろうて、やっとったんですわ」。
そして64歳のときに、「もっと自分の作品を撮りたいと思って、その仕事も辞めた」。

被写体となってくれた人の考えていること、生き方を表現できたらええなあ
私は4年ほど前、野呂さんと通天閣の近くでビールを飲み、帰り道、西成を少し案内してもらったことがある。そこで、西成の住人を自宅で写していることを打ち明けられた。野呂さん自身の人生と重なる、終戦前後に生まれた人々のことを熱く語った。
「物がない時代からね、急速に復興、高度成長期へと進むなかで一生懸命に働いて、経済を支えてきた。それがバブル崩壊を境にいまの世にがらっと変わった。そういうところにいてる人たちですわ」
それまでの作品はスナップ写真が多かったが、「もっと被写体との距離を縮めて撮りたいなあ、と思うようになってきた。その人たちの考えていること、生き方、人生とかをね、表現できたらええなあ、と」。
十数年前から、野呂さんの脳裏には「ある東京の写真家の言葉」がこびりついているという。
「有名な人やね。記事で読んだか、講演かは忘れたけれど、『スナップ写真はみんな撮っているけれど、庶民の暮らしを家の中まで撮れたらすごい。部屋の中に人生の履歴が写るから』と、言いはったんや。それで、『誰もやってないな。よし、ぼくはそういう人の生き方を撮ろう』と、ずっと思うてきて、やり出したんですわ。大変やなあ、できるんかなあ、と思いながらね。写真をやりたくて、会社も辞めたんやから、そのくらいまでは行きたいなあ、と」
「自分はこういう信念で撮っているんや」言うたらね、理解してくれる人は多い
しかし、自宅の中まで撮らせてくれるような人をどうやって見つけるのか?
「いちばんいいのは、人に紹介してもらうこと。被写体になってくれる人も安心しはるわ。例えば、スナップ写真を撮って挨拶をする、話をする。そのときにね、自分の写真をしている考えを言うたらね、『ああ、合った人おるよ』とか」