以前は「景色を真剣に見たことは全然なかった」
作品は東京やその近辺で写したものもあるが、多摩川に近い自宅周辺で写した写真も多い。
そんな多摩川の写真を目の前にして、こんなエピソードを話してくれた。それは写真を撮り始めた20年ほど前のことだった。「あのころ、景色を真剣に見たことは全然なかった」。
「風景でもなんでもね、変わらないと思っていた。多摩川の風景はいつ行っても同じ風景だった。絶対に変わらないと思っていた。昔、すごくいい絵になる中州があったんです。いつでも撮れるから、いつか、撮りに行こうと思っていた。でもそれが、知らないうちになくなっていたんです。景色でもなんでも、常にあるものはない。だから、そのときに撮っておかないと、なくなってしまうんです」
写真家・瀬戸正人さんに師事し、「写真に対する考え方」が固まってくると、はっきりと、「無常」を意識するようになった。そして、さまざまな「発見」をするようになった。
「だから、気になったものは、まず、撮るんです。一瞬で、ぱっと見たら、すぐに撮る。撮らないと次はなくなっちゃうから」
駅のホームのベンチに女性が背を向けて座っている作品はそんな一枚。強い風で髪が煽られた瞬間にシャッターを切っている。
それを見ながら若山さんは「すごくきれいな色の空だった」とつぶやく。そこにまた遠い視線を感じる。
今回の作品は最初からテーマありきで撮影したものではなく、撮っているうちにテーマが頭の中に浮かんできた。それをセレクトしているうちにテーマが固まってきた。だから、「写真を見る目がすごく大事」。
「ひと呼吸おいてシャッターを切ったときはダメですね」
半面、「(撮るときは)いつも、自分の心と戦っているんです」と、意外なことを言う。メモをとるペンが止まり、若山さんの顔をそっと見た。
「特に人を撮るときには、怒られるかもしれないと思って。ひと呼吸おいてシャッターを切ったときはダメですね。そういうことがたくさんあったんです」
自分の心と戦っている――実際、気持ちのなかではそうなのかもしれない。でも、若山さんの柔和な表情にも、作品にも、競り合うような感情はまったく感じられない。作品に表れているのは、物事はすべてなるようになる、そんな達観の境地のような気がした。
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】若山美音子写真展
「遠い呼吸 -曖昧な存在に問いかける-」
キヤノンギャラリー銀座 1月4日~1月13日、
キヤノンギャラリー大阪 2月12日~2月17日