出所した重信房子。娘メイ(右)と(筆者撮影)
出所した重信房子。娘メイ(右)と(筆者撮影)

 街宣車が現れたが、警察に阻止され姿を消す。支援者、報道陣を前に屈強そうな係官が立ち続けた。背には「法務省」とある。

 7時55分、法務省係官と警察官の動きが慌ただしくなり、門が開かれると黒いワンボックスカーが出てきた。報道陣のカメラが一斉に向けられる。出所だ。青い空に朝日が眩(まぶ)しい。全ての風景がスローモーションのようだ。再びヒステリックでけたたましいボリュームで抗議する街宣車。車を降りた重信は黒の帽子と灰色の上着で白いマスクを着用し、花束を抱いていた。

 凄(すさ)まじい人生を送ってきた重信房子が目の前にいる。ほっそりと、でも、すっとした立ち姿に街宣車の声もどこかに消えたように感じた。

「生きて出てきたという感じ」があると取材に応じた重信は「自分たちの戦闘を第一にしたことで無辜(むこ)の人たちに被害を与えた」と謝罪、初めて聴く低く冷静な声に、「穏やかな心は最強」と確か毛沢東語録にあったと思った。取材陣に配られた文書には「求められれば、時代の証言者の一人として、反省や総括などを伝えることを自らの役割として応えていくつもり」と綴(つづ)られていた。

 メイは少しずつ貯金をしていると言っていた。「貯めたお金は、出所した母との生活費に充てるんです」

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中

週刊朝日  2022年7月15日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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