現在、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科トップスポーツマネジメントコースで博士論文を執筆中。星槎の取り組みを「体系」として残したい、と力がこもる(撮影/関口達朗)
現在、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科トップスポーツマネジメントコースで博士論文を執筆中。星槎の取り組みを「体系」として残したい、と力がこもる(撮影/関口達朗)
この記事の写真をすべて見る

 学びたいのに、事情があって学べない子がいる。不登校だったり、学習障害だったり、プロを目指すアスリートだったり。

 どんな子も学べる学校を作るために、宮澤保夫は奔走してきた。法律を学び、担当者を説得し、厚い壁に風穴を開けた。

 借金を抱えたり、困難も多い道のりだった。「教育界のならず者」は引き際を見つつも、次の学校作りを考えている。

 スポーツ界で「星槎」の名が高まっている。フィギュアスケートの鍵山優真(17)は、今年1月、冬季ユース五輪の男子シングルで金メダルに輝いた。女子フェンシングの上野優佳(18、現・中央大学)もユース五輪で優勝。ふたりとも星槎国際高校の学習センターで学び、上野は大学に進んだ。

 10代のトップアスリートの多くは、学校ではなく、成人選手とトレーニングセンターなどで鍛錬する。国内外の試合や練習に時間を取られ、なかなか学校に行けない。そこで星槎は、発想転換し、練習場の近くに地域の学習センターを設け、登校しやすくした。「通える通信制高校」で海外遠征中も教材で学べる。世界レベルの選手が勉学の不安から解放された。それが好成績の背景にある。

 星槎グループの総帥、宮澤保夫(70)は、不登校や学習障害、発達障害という言葉がなかった時代から、世間に爪はじきされる子どもと向き合い、「いつでも、どこでも、誰でも」学べる環境づくりに邁進してきた。その蓄積がトップアスリートの受け入れにもつながっている。宮澤は語る。

「優れた選手は小中学生のころから日の丸を背負わされて戦っています。年間登校日数が40日前後なんてザラですが、義務教育では卒業証書を与える。おかしい。能力も意欲もあって通学したいのに学習権が奪われている。大人の責任です。練習場の近くで学べれば、年間、100日以上通学できます」

 宮澤が星槎の母体の学習塾「鶴ケ峰セミナー(愛称ツルセミ)」を開いてほぼ半世紀。いまや星槎グループは通える通信制の星槎国際高校、不登校の子どもに門戸を開いた星槎中学・高等学校を中心に幼稚園から大学まで約4万人の児童、生徒、学生が集う。ブータンやミャンマー、バングラデシュ、アフリカ諸国と交流し、留学生を受け入れている。組織はアメーバのように増殖しているが、全体を貫くのは「三つの約束」だ。

「人を排除しない、人を認める、仲間をつくる」。

 ずっしりと腹にこたえる約束である。星槎は、さまざまな事情で学校に通えなくなった子どもに手を差し伸べ、工夫に工夫を重ねて社会と関わらせてきた。そのノウハウが脚光を浴びる。

 ■アパートに小中学生集め、トイレの蓋に座って教える

 いま新型コロナ禍で世界中の子どもが不登校のような状態だ。大多数の学校が遠隔授業に四苦八苦するが、数年前にオンライン会議システムZoom授業を導入した星槎は一歩も二歩も先をいく。

 たとえば横浜の星槎中学・高等学校は、現在、毎日5時限のZoom授業を行っている。集中力を考慮して1時限30分余りとし、教材は教師の手作りだ。生活リズムを整えるために朝7時の体操から始まる。生徒の出席率は何と96~98%(5月15日時点)。生徒の約4割が小学校で不登校または保健室登校などの準不登校だったことを思えば驚異的な数字である。学校に行けなかった生徒たちが、「早く、授業に出たい」と待ちわびている。

次のページ