「わたしは全然、特別じゃなかった。不登校、あ、そうって感じ。通ってもいいし、休んでもいい。とにかく先生が明るくて、遊びにくればいいよって迎えてくれた。宮澤会長は、ぼろぼろのジーンズで昼間からお客さんとビールを飲んでいました」

 新田は片道50分の電車通学に挑む。一人では乗れないので母が一緒だった。学校に着いても教室に入れない。職員室や自習スペースで過ごして帰る。そのうち同じ方向の女性教師が母に代わって通学に付き添ってくれた。ある朝、「ごめん。今日、あたしの体調が悪いの。一人で学校に行ってくれる」と女性教師から電話が入った。

「ええーっ、うっそーと思ったけど、何とかたどりつけた。そのあたりから、自然に発達障害の子のサポートとか、自分の役目がこなせるようになって、高校2年の初夏、野外活動でコテージに泊まってキャンプしてたら、突然、パーンと頭のなかが切り替わりました。恐怖や緊張がスパッと消えて、昔の感覚に戻ったんです。不思議でした」

 と、新田はふり返る。彼女は東海大学に進学してデザインを学び、大手食品会社に勤める男性と結婚をした。2年間、夫とナイジェリアに駐在して帰国すると、星槎のイベントでアフリカのファッションを紹介して人気を博す。現在は、週に1度、地域FM局でDJを務めている。

 09年、宮澤は神奈川県の大磯の丘にグループの本拠を設けた。事務部門を集約し、スタジアムも併設する。組織は拡大の一途をたどった。

 新型コロナ禍で往来が途絶えた4月下旬、大磯スタジアムに高校男子サッカー部員の声が響いた。

「コロナ以前より声がでかくなった。寮では入りたての1年生の心のケアを先輩がやっています。やんちゃな連中が役割を分担してね。自治意識だよ。高校生ってすごいな。マイナスをプラスに変えている。三つの約束を体現してるんだよね」

 Zoomインタビューで宮澤が相好を崩す。爆走男も古希を過ぎた。星槎の継承が視野に入る。

「大きくなりすぎたかな。分割するのも一つ。次は小学校から高校、大学まで学年のない学校をつくります。いろんな分野に『生きづらさ』を抱えたギフテッド(生まれつき高い知能や才能を持つ人)がいる。彼らの特徴を伸ばす学校です」

 星のいかだの旅は終わらない。感染状況が悪化しなければ、横浜の星槎中学・高等学校は6月1日から登校が始まる。授業を待ちわびる生徒は、どんな表情で学校にくるだろう。登校を不安視する保護者、生徒もいるので授業は対面とオンラインの複合になりそうだ。そこがまた星槎らしい。

 (文中敬称略)
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■みやざわ・やすお
1949年 東京都町田市で江戸時代から続く酒店の4人兄弟の末子に生まれる。
  54年 店舗が火災で全焼し、家運が傾く。片時もじっとしていない子で、算数の加減乗除がわからない。その体験が後年、学習障害の子の指導に役立つ。
  68年 藤沢商業高校を卒業。「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」の活動とアマチュア無線に熱中。
  70年 慶応大学文学部通信教育課程へ。
  72年 横浜市旭区に塾「鶴ケ峰セミナー」を開く。個人指導と運動会やキャンプなどの活動で人気を集めて急成長。忙しくて慶応通信課程中退。学習障害、発達障害の子への対応を行い、進学できる高校がないことに憤る。
  84年 技能連携校「宮澤学園高等部」開校。
  85年 学校法人国際学園設立。
  86年 ピーターパン幼稚園開園。
  91年 健康ランド事業のエスクエラ倒産。莫大な債務を負い、裁判闘争。
  93年 宮澤学園昴校開校。
  95年 「一条校」の壁にぶつかっていると、北海道芦別市から学校誘致の手紙。横浜・ブータン王国友好協会設立。
  97年 宮澤学園湘南校開校。
  99年 芦別に悲願の一条校、広域通信制高校を開校。「星槎国際高等学校」と命名。各地に設ける学習センターは「分校」扱いとし、全日制と変わらぬ通学が可能になる。以後、宮澤学園は「星槎」に変わる。
2001年 奥寺スポーツアカデミー(OSA)を開き、サッカー指導へ。
  04年 特別支援教育の教員養成などを視野に星槎大学を開学。
  09年 グループの本拠、星槎湘南大磯キャンパスを開校。翌年、スタジアムも完成。野球練習場、道場なども。
  10年 世界こども財団設立。
  11年 東日本大震災、福島を中心に被災した子どもの支援活動を展開。
  13年 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入る。「定期券」を手に大磯から早稲田に通い、血尿を出す猛勉強で、1年で修士課程を修了。
  15年 星槎国際高校にアスリートコースを設置。
  19年 20年ぶりに学校法人国際学園理事長に復帰。将来への布石に着手。

■山岡淳一郎 ノンフィクション作家。『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)、『田中角栄の資源戦争』(草思社文庫)、『原発と権力』(ちくま新書)、『生きのびるマンション』(岩波新書)。他著書多数。

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