半世紀前、欧米で禅を説いた日本人僧侶の軌跡が、ロードムービーばりの一冊となった。禅師乙川弘文はアメリカ西海岸で禅堂を開き、無名時代のスティーブ・ジョブズも彼を師と仰ぐ。一方で欧米の女性と結婚離婚を重ね、スイスで客死。その足跡を、日本や在米、在欧の関係者ら約30人の談話で構成している。

 弘文の自然体で受容的なスタイルに、今なお心酔しきった弟子は多い。その半面、有髪、妻帯、過度の飲酒のある破戒僧でもあり、没後20年近く経つ今も遺族は憎しみを隠さない。一筋縄ではいかないモテ僧像が、次第に立ち現れてくる。

 読み進めば、ヒッピー文化が禅を歓迎した当時の社会情勢からワールドワイドな布教の道筋、禅の哲学までもがすんなりと頭に入る。アップル製品好きにも、座禅を始めたい向きにも、示唆に富んだ重厚なノンフィクション。
(田中有)

週刊朝日  2020年10月30日号