「フルタイムで働いているから、料理の全部を一から作るなんて、無理だもの」

 そう彼女はいうけれど、そのメリハリを付けられるのは、若い頃から料理の数をこなしてきたからだろう。家庭料理にはその家なりの味付けがある。しかし自分にとっては濃いめだったり薄めだったりするけれど、彼女の味付けは私好みの、薄味だがきちんと味があるものだった。理由を聞いたら、

「とにかく出汁が大事だから。だからうちでは醤油をあまり使わない」

 といっていた。私はきちんと作られた醤油があれば、味付けは何とかなると考えていたので、自分なりに選んだ古式製法の醤油を使っていたが、それを聞いてから出汁を濃いめにして、醤油を使うのを控えめにしたら、味もいいし体調がよくなったような気がしてきた。これまであまりに醤油に頼りすぎていたのかもしれない。

 そして先日、初対面の彼女の友だちのZさん宅でお昼御飯をご馳走していただく機会に恵まれた。Zさんは今年の五月の十連休に、友人の力を借りて家の中の不要なものを整理した。市販のいちばん大きなゴミ袋に五十袋以上もあったという。Zさん一家が日本で使っていた家財道具をすべて処分して海外に赴任していたとき、両親から、日本に帰ってきたときにすぐに住める家がないと困るから、自分たちとあなたたちが住む家を建てようと思うけれどもどうかと聞かれた。帰ったときに家があるととりあえずは安心できるので、Zさん夫婦は申し出を承諾した。

 帰国して同居をすると、両親が狭いといって、同じ敷地の中に自分たちの家を建てて、そちらに引っ越してしまった。しかし彼らが使っていた家具、所持品はいらないといってすべて置いていった。両親は長い間、海外で生活していて、来客をもてなすために、たくさんの洋食器を持っていた。それらを収納し飾るための木製の重厚な家具が数点も残された。Zさん自身もたびたび海外出張があるので、整理できる状況になく、何の愛着もなく置いていかれた物に、二十数年間、ずっと囲まれて過ごしていたという。

 Zさんは着物については一切わからないので、お母さんが置いていった桐箪笥の中の着物を私に見て欲しいというのだった。午前中から来てもらうので、簡単なものしか作れないけれど昼食を食べていってもらえればうれしいといわれ、私は着物が見られるなんてと、大喜びで出かけた。

 お宅は豪邸だった。二階のキッチンの調理台の上の収納棚には、ジノリ、ヘレンドの食器やティーセットが、ぎっちりと詰め込まれていた。何十人分かわからないが、あんな大きなティーポットははじめて見た。マイセンは食品庫に置かれていた。この三畳ほどの食品庫の中に二十数年放置されていた桐箪笥を開けようとしたのは、娘さんが着物に興味を持ち、着たいといったからなのだそうだ。私はZさんが料理を作ってくださっている間、友人と娘さんと一緒に仕分けをはじめた。

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