現地を訪れたのは昨年12月。河口の水面を覆う氷が潮の干満で盛り上がって割れ、でこぼこしている。その上に雪が積もり、割れ目が見えない。落ちたら危険だ。
「けっこう怖かったです。びくびくしながら撮りました」
北海道・知床半島のウトロでは流氷の下に潜った。
「岸から流氷の上を歩いて行って、チェーンソーで氷に穴を開けて、そこから潜っていくんです。水温はマイナス1.5度くらい。ぼくは1時間くらい潜りますけど、ふつうのダイバーは20分がいいところですね」
氷の色はきれいな白ではなく、緑がかった濁りがある。
「植物性プランクトンが氷の中に詰まっていますから。これが春になると溶けて、プランクトンがばーっと広がる。だから北海道の海は豊か。流氷を撮りに行ったのは、厳密に言えば、このプランクトンを撮りに行ったんです」
本当は会場を日本列島の形にしたかった
日本の流氷の起源であるロシア・アムール川から始まる「流氷ルート」に対して、フィリピンから始まる「黒潮ルート」は日本のサンゴの起源だ(写真展のもうひとつの始まりでもある)。
この潮の流れは北米西岸のカリフォルニア海流から始まり、南下し、「赤道海流」と名を変えて西進。フィリピン沖で向きを変えて北上する。
「ぼくが昔、勤めていた和歌山県・串本海中公園の先生に聞くと、ここから『黒潮』と呼ぶそうです。とても暖かい半面、生物の成育に必要な栄養素に乏しい『貧栄養』の海水。だから透明度が高くて真っ青。青すぎて黒く見えるから黒潮といわれるらしいです。その大きな海流がフィリピン沖から海の生き物の卵や幼生を運んでくる」
この「黒潮ルート」は写真展会場の中央で「流氷ルート」と交わる。
「(会場運営者からは)無茶なことをいいやがって、みたいな感じで言われたんですけれど、ほんとうは会場の間仕切りを日本列島みたいにしたかったんです。でも、さすがにそのスペースはなかったですね」
タイトルをあえて英語で「JAPAN’S SEA」とした理由
20キロほどもある大きなミズダコ(北海道)、美味しそうなマボヤ(宮城県)、いかつい顔をしたコブダイ(新潟県・佐渡島)、キラキラした水面の下を泳ぐイルカ(東京都・御蔵島)、笠の直径が1メートルほどもある不気味なエチゼンクラゲ(長崎県・壱岐島)、真夜中に行われるタツノオトシゴの仲間、ヒメタツの放仔行動(熊本県)、キハダマグロの巨大な群れ(鹿児島県・トカラ列島)、ザトウクジラ(沖縄県・久米島)など、展示作品の総数は約130点。
タイトルを「日本の海」ではなく、あえて英語で「JAPAN’S SEA」としたのには理由がある。
「海外に対してアピールしたかったんです。外国の友人たち、編集者やダイビング関連の大きなオーガナイザーらにも来て、見てもらう。そういう予定だったんです……でも、新型コロナの事態で全部なくなってしまって。正直、心の整理がつかない状態です。でも、いいものをつくればゆくゆくは結果がついてくると思っています」
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】古見きゅう写真展「JAPAN’S SEA」
7月29日~9月16日、キヤノンギャラリー S(東京・品川)で開催。