辰巳さんの二十歳の息子さんは地方の大学に通っていて、ひとり暮らしをしているのだが、彼は、母が作った自分の大好きな料理と同じものが作れるのがうれしいといっていた。彼は子供のときから、大根と鶏団子の煮物が大好きで、おかずがそれだととてもうれしかったという。母親が亡くなっても、その味は受け継がれているのである。また大原優乃はどうしても母親が作った味にはならないといっていたが、彼女が実家の味を受け継ごうとしている気持ちには変わりはないのだ。

 子供の頃に好きだったおかずが作れるというのはすごい。私はもともと料理の才能はなく、ただ毎日、似たようなものを自炊しているだけなので、料理のプロだった母が作った料理はまったく再現できない。絶対に無理といいきれる。それでも母が何十年にもわたって作っていたレシピノートが欲しくて、実家に連絡したら、弟が勝手に母の所有品を処分していて本当に腹立たしかった。母の料理を再現するためのマニュアルがなくなり、ますますお手上げ状態になったので、自分がよいと思ったものを作るしかなくなった。母が作ってくれたおかずと同じものは作るけれど、それは母の味ではない。

 番組には自炊に興味のある若者だけが集められているのだろうから、出来合いのお惣菜とコンビニ弁当だけで育ったという若者は登場しないけれど、現実にはそういう若者も少なくないはずなのだ。母親が作った料理がおいしくないと感じていた人もいるだろう。実家の味ではなく店の味で育ったとしても、ひとり暮らしをして自分で料理を作ろうとする若者もいるはずだし、実家の味を懐かしく覚えていても、作るのが面倒くさいので、ひとり暮らしをしたらすべて外食、中食で済ませてしまう若者もいるかもしれない。親のほうも、へたに自分で作られると、実家に帰ってくれないから、

「あのおかずが食べたい」

 といってくれたほうがうれしいし、料理を作って子供が来るのを待つ楽しみもあるだろう。子供はいつか自分のところから手放さなければならないのだけれど、いざそうなったら寂しいという気持ちが親にはあるのではないか。ずっと自分たちに甘えて欲しいという親心もありそうな気がする。育った環境が違っても、ひとり暮らしは自分で自分の生活を調えるという意味なので、当人の心構えの問題だろう。

 実家の味というと、「女性だけに料理を作ることを強いる」とか「ロールモデルとなる母親像を作り上げている」と文句をいう人もいるが、もちろん父親や、お祖母さんが食事を作ってくれた家で育った人たちもいるだろう。誰が作ってもいいのである。そういうことと、家事を女性に押しつけるのとは、問題が違うと私は思っている。

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