料理を作らない母親に関しては、作らない人たちの様々な話を読んだり聞いたりした。いちばん多かったのは、会社から疲れて帰ってきて、家族のためにとがんばって作ったのに、「まずい」といわれてやる気をなくしたという話だったような気がする。家族に「おいしい」といわれているのに、作るのをやめたという人は聞いたことがない。

 料理を作ったのに、家族にまずいといわれたら、それは腹が立つだろう。私が同じ立場だったら激怒しそうだ。しかしそれでも子供のためには、歯を食いしばってでも、料理は作ったほうがよいと思う。お互いに嫌な気分のまま、食卓を囲みたくない気持ちはわかるが、それを回避する術は、出来合いのお惣菜や外食しかなかったのだろうか。家族の精神的な安定のためといいつつ、私はそれは逃げではないかと感じる。昭和の「なにくそ」根性は今はもうないのだろう。

 録画を観た後、辰巳渚さんの本を買って読んでみた。番組では料理の部分がクローズアップされていたが、料理にページが多く割かれているものの、お金の使い方、洗濯の仕方、部屋の整え方、近所付き合いの仕方など、一人の人間として自立するための方法が書いてあった。コンビニでの食品の選び方もあり、自炊が使命になったり、生活が窮屈になったりしないような工夫もあった。これ一冊あればひとり暮らしに関しては大丈夫ではないかといいたくなる、充実した本だった。

 昔は家を離れる子供に対して、親が生活すべてではないにしろ、何らかの知恵を授けたりしたものだ。しかし現代はそんなこともなく、子に伝えるものを持たない親も多くなった。辰巳さんの本のおかげで、そういった子供たちは、この本を親代わりとして学ぶわけだが、今は親が子離れできていないし、子供も都合のいいときだけ親離れしようとするので、お互いに自立しているかというとそうではない。自炊の腕を上げるよりも、食べさせてと家に戻ってくる子供のほうがかわいいとか、何でも困ったら親を頼って欲しいとか、自立をうながすというよりも、お互いに都合のいい関係を保とうとしているようにしか見えない。しかしこの本にはその馴れ合いみたいなものがなく、自分で責任を持ち、子供が一人の人間として生きていけるようにする、強い意志が根底にみられるのがとてもよかった。

 私は食は生活の基本だと思っているので、すべて外食には頼れない。ただ、これから年を重ねて、ふらっと立ち寄れるような理想的な店があるといいなとは思う。昔、どこの町内にもあったシンプルな定食屋で、メニューも日替わり定食、魚定食、肉定食くらい。厨房でどんな人が作っているのかがわかる店だ。そんなごく普通の店は次々につぶれてしまい、探してみたら意外にも、会社員が昼食を食べに来る都心部には残っているようだ。外食チェーンの本社から料理がレトルトパックに詰められ、客のオーダーが入るとそれを電子レンジで温めて出すような、誰が作っても同じ味になる店には絶対に行きたくない。しかしそういう店のほうが、はずれがなくていつ食べてもおいしいという人もいて、世の中には本当にいろいろな考えの人がいるなあと、しみじみ思うのだった。

※『一冊の本』2019年9月号掲載

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