卵巣の病気を患ったことがきっかけで、交際している郁也とのセックスから遠ざかった薫。ある日、ミナシロと名乗る女性から、郁也の子どもを妊娠していると告げられる。ミナシロから「子どもをもらってくれないか」という打診を受ける薫だが……。第43回すばる文学賞受賞作。
タイトルの「犬」とは、薫が幼少期から飼っていた犬のことであり、見返りを求めない愛情を注いでいた存在だった。犬を愛するように誰かを愛することができるのか、セックスなしに愛情を維持することはできないのか、子を「産む」ことと「持つ」ことはどう違うのか。薫は自分への問いかけを続ける。
愛という不確かなものへの薫の考えの揺らぎと、排泄や月経など身体的な描写の生々しさが好対照をなし、語り口のうまさにいつしか魅了される。(若林良)
※週刊朝日 2020年6月5日号