2008年のリーマン・ショック後、各国政府はこぞって大規模な財政出動や金融緩和策を実施してきた。しかし、世界経済は今も長期停滞から抜け出せずにいる。この間、先進国内の経済格差が深刻化する一方でITは急速に発展をつづけ、GAFAら巨大IT企業群の活動は、国際的に多大な影響を及ぼすようになった。

 このような時代の趨勢を放置すれば、「サイバー独裁」が現出し、普遍的人権や自由や平等が否定される「人間の終焉」を迎えるのではないか。若き経済思想家である斎藤幸平は、最悪の事態を避ける分岐点が迫っているという危機感の下、3人の世界的知識人と対話を重ね、『未来への大分岐』を編んだ。

 主張の違いはあれ、マイケル・ハート、マルクス・ガブリエル、ポール・メイソンと斎藤のやりとりは、資本主義と民主主義の難題に挑んでいた。それはちょっと、と異論を挟みたくなる箇所もあるが、気づけば、私も自分なりに打開策を考えていて、最後まで前のめりな読書ができた。

 特に面白かったのが、『なぜ世界は存在しないのか』で注目された哲学者、ガブリエルの主張。過度な相対主義が招いた民主主義の危機を克服するため、それぞれの存在を認めつつ自明の事実に基づいて正邪を判断する「新実在論」は、すんなりと納得できた。自分で思考できるように、子どもたちに哲学教育を施すべきという意見にも共感した。

 とはいえ、強弁のリーダーやAIに追従する未来から逃れるためにも、まずは大人が自分で考えなくては。この本は、思考トレーニングの優れたテキストにもなっている。

週刊朝日  2020年2月21日号