竹の格子は祖父が経営した伊豆の旅館にあったものを再現した(筆者撮影)
竹の格子は祖父が経営した伊豆の旅館にあったものを再現した(筆者撮影)

 だが、借りた物件は築60年と古く、建て直すことに。莫大な費用がかかったため、アルバイトも雇えず、一人で店を回すしかない。オープン前から重労働が続いたこともあり、開店2日目で早くも腰を痛めてしまい、夜営業は諦めざるを得なくなる。厳しい状況からのスタートだったが、「維新」の長崎店主が宣伝してくれたこともあり、ラーメンファンの間で口コミが広がっていった。横山さんは言う。

「『鴇』のオープンの後に、店長をやらせてもらっていた目黒の『維新』がミシュランでビブグルマンを獲りました。自分が携わった店が受賞して大変うれしいと思いつつ、『やっぱり維新出身の店はすごい』と言ってもらえる店作りをして修行先への恩返しをしなければと気を引き締めました」

 年末には『ラーメンWALKER神奈川』(KADOKAWA)の新店部門1位を獲得。「鴇」は名実ともに名店の仲間入りとなった。

鴇の「醤油」は一杯830円。スープは生醤油の香りと鶏の旨味がたっぷり(筆者撮影)
鴇の「醤油」は一杯830円。スープは生醤油の香りと鶏の旨味がたっぷり(筆者撮影)

「天国屋」佐々木さんは、横山さんの成長に刺激を受けている。

「11年前にうちのラーメンを食べて、目を輝かせながらいろいろ質問してくれたのが昨日のことのようです。本当に真面目で、職人として尊敬できる部分がとても多いですね。ラーメンに向き合う姿勢も素晴らしいと思います。『鴇』の醤油ラーメンを初めて食べさせてもらったときの感動は忘れられません」(佐々木さん)

 横山さんは、佐々木さんの存在なくして今の自分はないという。

「ラーメン屋になろうと背中を押してくれた恩人です。佐々木さんはラーメンを作ることが本当に好きで、お客さんに食べてもらうことに喜びを感じている人です。大変なことがあっても、作る楽しさがそれを上回っているのが伝わってきます。職人としての目標です」(横山さん)

 新たな名店誕生の裏では、先人のラーメンの味だけでなく、思いもつながっている。そこに名店たる所以がある。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて18年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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