何かを始めるのに遅すぎることはない、とよく言われるが、キャリアを必要とする映画業界では年齢のハードルは高い。だが、そんな困難に挑戦し、現在も前進し続ける映画人たちがいる。銀幕の世界に魅せられた人生模様とは──。ライター・藤井克郎氏が各人のエピソードを綴る。
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■俳優 でんでんさん(69)

娯楽大作から自主制作まで、あらゆるタイプの映画に加え、舞台、テレビと個性あふれる演技で圧倒的な存在感を見せる俳優、でんでんさん。2011年には「冷たい熱帯魚」(園子温監督)で各映画賞の助演男優賞を総なめにしたほどだが、ここに至る道のりは決して平坦なものではなかった。
「でもそういう期間があったことが相当、今の役に立っています」と感慨深げに語る。
福岡県で生まれ育ったでんでんさんが、高校卒業後に上京したのは、喜劇役者、渥美清さんへの憧れからだった。テレビドラマの「泣いてたまるか」(1966~68年、TBS系)などに出ている姿を見て、「あんなふうになりたい」と漠然とした夢を抱く。
弟子入りを志願すべく、渥美さんの自宅マンションに押しかけた。だが守衛さんに「お母さんの看病で実家に戻っているから、待っていても帰ってこないよ」と言われ、「あ、そうですか」とあっさりと引き揚げる。「ただ憧れていただけで、努力したわけじゃなかったんです」と振り返る。
東京にとどまっていれば、何とか役者への道が開けるかもしれない。まずは基盤を作らないと、とクレジット販売の丸井に就職。下北沢店、横須賀店などで店頭販売を担当したが、仕事は面白く、役者への夢を忘れていた時期もあった。
だが4年目に本社への異動を希望したものの、高卒では無理だと言われて退職。劇団ひまわりに入るが、半年ほどで退団し、以後は無職のような生活が4年くらい続いた。
「雀荘とかに通っていて、お金がなくなったらバイトするという生活でした。でもその4年間は大きかった。いろんな人間がいましたから。今、役を演じるに当たって、そういう人たちがモデルになっていますもんね」