本書は、『三国志[さんごくし]』の入門書ではない。どちらかと言えば、『三国志』に興味があって、少し本を読んでみたが、いま一つ『三国志』が理解できなかった、という方々に向けた本である。
『三国志』の理解しにくい理由は、大きく二つある。一つは人物が多いためである。主要な登場人物だけでも百人は軽く超え、すべの人物を数えると三千人近くなる。吉川英治の『三国志』では、張コウ[ちょうこう]という有名な武将が三回死んでいる。後から気づかれた吉川先生は、人物の多さを嘆かれた、という。人物事典を脇に置いて読む必要があるほど、『三国志』の人名の区別はつけにくい。
もう一つは、『三国志』の人物につけられる官爵[かんしゃく]が、複雑をきわめることである。本書は、本格的にそれを説明しようとする最初の試みである。だが、実は三国時代の官爵や人事制度は、それほど明らかではない。なにせ千八百年も昔のことであるし、戦乱期のために官爵の変化も著しい。そもそも根本史料の『三国志』は、本紀[ほんぎ]と列伝[れつでん]を備えるだけで、制度を記すべき志[し](百官志など)を欠いている。
そこで、本書は、後漢[ごかん]の官爵から推論していくという方法論を取った。『後漢書[ごかんじょ]』百官志も、『漢書[かんじょ]』百官公卿表[ひゃくかんこうけいひょう]に記載されていることは省いている。それに、特定時期の百官簿に依拠するという欠点はあるが、かなりのことは分かる。