「青森の美術館は『原っぱ』で作った建築です。立派に見えないところがいいでしょ(笑)。美術館という場所自体、現在生きている作家が使うとしたら、使い方がわかっている場所ではなく原っぱのように使えるのがいちばんいいと思う」
結局、青森県立美術館でも青木は批判された。
「デザイン的な世界から見て常識的なことを全部守らないから、逆なでされたような気分になるんでしょうね」
●一見穏やかそうに見え退屈を壊す「凶暴な人」
青木の代表作の一つである、《ルイ・ヴィトン》の一連の店舗も、それぞれ個性は違うが決してその場で異彩を放つようなものではない。青木は建築物が立つ土地の固有性を大事にする。《ルイ・ヴィトン》でも各店舗の立地によって建物がどうあるべきかをまず考え、設計されている。また、その考え方を尊重するクライアントだから、青木を指名するという関係性が成り立つ。
読売新聞東京本社文化部長の前田恭二は、取材がきっかけで青木とつきあうようになった。彼の文章力を高く評価し、執筆を依頼したり、読書委員についてもらったりした。そんな前田は、
「彼はシャープすぎて、ありきたりなことがつまらなくて仕方ない人だと思う。よくある建築作品は、彼の目には手の内が見えてしまうんですよ。つまらないなと思いながら、自分の中で自分自身にもしばしば飽き飽きしている」
前田は青木を「凶暴な人」という。一見穏やかな空気をまとっていながら、実際には退屈さを壊す方向へ行くからだ。「原っぱ」という柔らかな言葉を使いながら、生み出す建築作品は、論理的思考に支えられた破壊の連続である。
「つまらないと思っている人じゃないと、変えることはできないでしょう? 建築や文化の世界にとって、何かを変える力を持っている青木さんは、とても大事な人ですよ」(前田)
青木が今取り組んでいる仕事の一つが、京都市美術館のリノベーションのプロジェクトである。京都・岡崎にある、煉瓦造りで緑青の銅板でふいた屋根が美しい美術館は昭和8年開館。京都市動物園に隣接し、京都を代表する建物として親しまれてきた。平安時代末期には白河院があり五重塔が何棟も立っていたという現場に青木を訪ねると、工事中の内部を案内してくれた。
見学には京都在住の作家・いしいしんじも同行した。青木といしいは30年来の友人である。2015年に京都市美術館で現代美術の国際芸術祭「PARASOPHIA」が開催された際には、館内のあちこちが外に向かって開かれ、ボランティアが入ったり、毎日子どもたちが入ってきたりした。いしいが館内をまわってナビゲートした記事もホームページに掲載された。
「いつもは閉じられていた美術館が初めて開かれて、美術館自身が笑っているような気がしました。そこに青木さんが来て、リノベーションを手がける。そういう流れの中にいる方なんですよ」(いしい)
新しくなる美術館では、平安神宮へ続く神宮道に面した西側の部分を緩やかに傾斜させて「スロープ広場」を作り、地下にエントランスを設ける。そこから1階を経て東側の日本庭園へと抜ける。その動線はさらに動物園へとつながっており、人々の自由な行き来が可能になる。ここにも青木の言う「道」ができるのだ。
●若い建築家が追いかける変化し続ける作風
まだ会社員だった20代のいしいは、青木宅を訪ねるとさまざまなジャンルの本が並ぶ書棚を見るのが楽しみだった。大学時代、いつかフランスに留学したいとアテネ・フランセに通っていた青木の書棚には、仏文科出身のいしいが惹かれるフランス語の本も並んでいた。
青木には文筆家としての実績もある。
「僕は淳さんが書かれるものがすごく好きで、淳さんの本を読むのが幸せなんです。淳さんの建物の中を歩きまわったり文章を読んだりすることは、おもしろい小説を読むことと同じ。新しいことがどんどん開けていくからドキドキするんだけど、ちゃんとルールは設定されている。でもそのルールもいつの間にか変わっていく」