●遅咲きの桜「御室桜」
京都や奈良には桜の名所がたくさんあるので、少し変わり種をご紹介しておきたい。平安時代に創建された仁和寺は、明治時代まで皇族が歴代の門跡(住職)を務めたことから、「御室御所」とも呼ばれる真言宗御室派の総本山である。中門左奥に200本ほど咲く桜は「御室桜」と呼ばれ、樹高は2~3メートルしかなく、根元からボテッとした花が下を向いて咲いている。すべてが同じ種の桜ではなく、十数種が混じっているらしいが、この土地特有の地盤が影響し、このような姿になったようだ。
「花が低い」ことから「お多福さくら」とも呼ばれ、江戸時代には「わたしゃお多福 御室の桜 鼻が低ても 人が好く」と唄われもした。境内には、しだれ桜やソメイヨシノも咲くが、「御室桜」の見頃は、毎年それよりも1カ月近く遅くなる。桜の花に包まれる感覚は、この「御室桜」でしか味わえないが、なぜこのような花に育ったのかは、未だにミステリーである。
●東京の標本木「靖国の桜」
開花宣言が出されるのは標本木が開花したかどうかだが、東京の標本木があるのが靖国神社である。神社の境内に咲く約500の桜も見事だが、前を走る靖国通り沿い、道路を渡った「北の丸公園」そして「千鳥ケ淵」まで続く桜の大軍には圧倒される。皇居までを含めて「千代田のさくらまつり」が4月7日(日)まで開催されている。
靖国神社の境内にある能楽堂では夜桜能が奉納され、また200名の力士たちが奉納大相撲を行うなど人気のイベントも実施されるため大変な人出となり、毎年最寄り駅の九段下などは平日でも大混雑を見せる。また、さくらまつり会期中は、夜10時まで千鳥ケ淵などがライトアップされ、夜桜も楽しめる。
花札の手で“鶴に松”“梅に鶯”“桜に幕”の3枚を揃えることを「表菅原」、“松”“梅”“桜”の各短冊を揃えることを「裏菅原」(赤短)と言う。これは、菅原道真が梅松桜をこよなく愛したことに由来している。正確には歌舞伎の演目「菅原伝授手習鑑」でそう広まった。
太宰府天満宮にある飛梅に代表されるように道真と梅の関係はよく知られているが、では松と桜はどうしたのか。松は太宰府までは飛べず途中の神戸で力つき、桜は悲しみのあまりその場で枯れ果ててしまったとか。このため、道真を祭る神社では、桜は根付かないという伝説が誕生した。
確かに、全国的に調べても天満宮や天神社に有名な桜の名所はあまりない。太宰府天満宮にも500本の桜があるが、6000本あると言われる梅に比べれば見劣りするし、桜としては拗ねもするだろう。やはり桜は、木花咲耶姫命を祭る浅間神社関連を訪れるのが一番美しい姿が拝めるかもしれない。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)