チョムロンから先へ。この高度感のなかを歩く(撮影/阿部稔哉)
チョムロンから先へ。この高度感のなかを歩く(撮影/阿部稔哉)

■少しでも超えた前回の最高地点

 その日、アンナプルナのベースキャンプの方向に1時間ほど歩いた。前回の最終到達点、クルディ・ガルを少しでも超えたかった。トレッカーたちは、普通は1日かけてベースキャンプをめざす。その途中で引き返す。

 妙なトレッカーに映ったかもしれないが、僕はそれでよかった。64歳になって、30代半ばで登った地点より、1メートルでも高い地点に立てれば、それで満足だった。

 下山はひざにきた。石積みの道はきゅんきゅんとひざに響く。足にかかる力から守ってくれる筋肉が細くなっている。再び、ゆっさゆっさと揺れるニューブリッジを渡った。

朝、とんでもない高さのアンナプルナがくっきり(撮影/阿部稔哉)
朝、とんでもない高さのアンナプルナがくっきり(撮影/阿部稔哉)

 登山口には何台ものジープが止まっていたが、ほとんどが予約車だった。僕はバスに乗ってしまったから、ジープの世界には縁がない。たまたまネパール人男性がひとり、山からおりてきた。彼が交渉してくれた。がつん、がつんと衝撃を残しながら、ジープは悪路をくだった。ナヤプルの手前でひとつのオフィスに寄った。そこでトレッキングの登録証を見せるようにいわれた。オフィスで提示すると、職員からこういわれた。

「これから登るんですか?」

「いや、くだるんです」

「じゃあ、どうして半分が切りとられずにあるんです? どこから入ったんです?」

「……?」

 入山するとき、このオフィスに寄らなくてはいけないようだった。しかしバスは通りすぎてしまった。バスの乗客は全員、地元の人たちだった。彼らは登録証など関係ない。

 トレッキングルートは生活の道でもある。山中に暮らす人たちが通学や、街に出るときに使う。彼らと何回かすれ違った。いつも、「ナマステ(こんにちは)」と声をかけてくれた。彼らの多くはサンダル履き。女性は日傘をさしてトレッキングルートを歩く。ところがトレッカーは、3千ルピー(約3千円)を払って登録証をつくらなくてはならない。この混在には、ちょっと無理がある。地元の人たちが乗るバスとは無縁の世界のことだった。

「困りますねぇ」

 職員は渋々通してくれた。

「あと1千ルピーでポカラまで行ってくれるそうですけど」

 ジープに同乗していたネパール人にいわれた。断ってナヤプルで降りた。やってきた路線バスに乗った。運賃は200ルピー(約200円)。『12万円で世界を歩く』の流儀を一応守った。

 今回の費用は11万5938円だった。目覚まし時計やズボンを売らずにすんだ。次回は、グレイハウンドバスでアメリカ一周旅に挑む。

※週刊朝日2019年3月22日増大号掲載

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■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。新聞記者を経てフリーに。『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)が旅行作家としてのデビュー作。アジアや沖縄などに関する多数の著書がある。AERA dot.では「どこへと訊かれて」を連載中。朝日新聞デジタルの「&TRAVEL(アンド・トラベル)」でも記事が配信されている。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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