着込むしかなかった。下着やシャツは重ね着し、セーターを着て、その上からダウンジャケット。風雨を防ぐ登山用のヤッケ(ジャケット)は手で持った。11月とはいえ、汗だくチェックインだった。
カトマンズから乗り合いバンに6時間揺られた。運賃は約525円で30年前の倍近い。
「バグルン・バスパークに行けばいい」
女性職員からそういわれた。トレッキングの登録証をとるために、ポカラの観光局に出向いた。そこで登山口への行き方を聞いたときだった。
いわれたままバスパークに向かった。1台のバスが止まっていた。登山口まで行くという。飛び乗るとすぐに発車した。
■旅費節約のためスピードを優先
これが、『12万円で世界を歩く』の流儀だった。超のつく貧乏旅で、読者は延々と乗り続けるバスや列車の日々に目を奪われていたが、もうひとつ、旅費を節約するコツがあった。それはスピード。とにかく先を急ぐ。日程が短くなれば宿代や食費が浮く。こうして安い旅は実現していった。以来、僕はこのスタイルが身につき、しばしば同行者から顰蹙を買っている。今回はその流儀が、ちょっとしたトラブルを生むことになるのだが。
とりあえず、このルートの最奥の村、チョムロンをめざすことにしていたが、ルートがどこなのかもわからなかった。車内で観光局からもらった地図を広げる。そこで30年前とは、ルートが大幅に変わっていることがわかった。
アンナプルナのトレッキングルートは、かつてはモディー・コーラという川の右岸にあったが、左岸に移っていた。理由は道だった。車道が以前より山中深くのびていた。それを使えば、歩く距離が短くなる。
「チョムロンまで1日で着くかもしれない」
かつては登山口から2日間歩き続けた。それが1日……。ひとりにんまりする。筋力の低下を、ネパールの道路開発が助けてくれた。
■悪路を行くバス 両手で体支える
しかしすごい道だった。ナヤプルという街をすぎると、バスは壮絶な悪路に迷い込んだ。インドのTATA社製のバスは、軋みを残して左右上下に激しく揺れる。両手で体を支え、尻が浮く衝撃に身構える。もう体がバラバラになりそうだった。
バスは暗闇のなかで急に止まった。「登山口には宿がないから、ここに泊まったほうがいい」と車掌が説明してくれた。
翌朝、歩きはじめる。登山口まで3キロ。未舗装の車道を歩く。バスが登ることが信じられないような急な傾斜だった。歩くのもつらい。汗が流れ落ちる。登山口に着いたとき、今日のエネルギーの半分近くを使ってしまった気分だった。