とにかく、私は自分が向かないと思ったら、無理しないのです。ですから、これまで100回近く訪中を重ねてきましたが、中国語を覚えようとは思いませんでした。学会や研究会ではスライドなどの映像があるので、言葉なしで十分に理解できます。中国語の本を買い込むこともあるのですが、これは漢字がわかると内容を推測できます。


 日常生活では「先来(しぇんらい)ピイ酒(ちゅう)!」(まずはビールをください)というフレーズだけを覚えました。これは、いつでもどこでも使えます。このおかげで、私の中国での生活は計り知れなく豊かになりました(笑)。


 言葉が通じなくても、中国や内モンゴルでたくさんの友人ができました。これは中国語ではなく英語ですが(私は英語についても、読めるのですが、話せません)、米国の故カール・サイモントン医師(サイモントン療法の創始者)は親友です。彼は来日すると、必ず私の病院にやって来ました。そして鰻屋さんで一杯です。日本酒の熱燗におつまみは鰻重だけ。私が英語を話さなくても、彼は笑顔を絶やさずに呑んでいます。


 じつに楽しい飲み手でした。良き飲み仲間には言葉は要りません。彼との時間はそれを実感する至福のときでした。


帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2022年12月23日号

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