パリ生まれの作家、アントワーヌ・ローランによるファンタジックな小説。レストランに忘れられた黒い帽子が、しがない会計士、愛人関係に行き詰まる若い女性、インスピレーションを失った調香師、旧家のブルジョワ男性、それぞれの人生に幸運をもたらしていく。
帽子の内側にはF.M.というイニシャルが刻まれている。フランス大統領フランソワ・ミッテランの帽子だ。1980年代を舞台にし、ちりばめられたファッションとアート、エスプリの利いた軽妙な会話とストーリー展開は、よくできた短編映画を思わせる。帽子が巡る2年間は、ミッテランが議会総選挙での大敗を経て大統領再選を果たすまでの期間に重ねられている。作家自身に起きたある奇跡が明かされる訳者あとがきも、ぜひ読まれたい。(福島晶子)
※週刊朝日 2019年3月8日号