ノーベル賞作家のデビュー短篇集。今から50年前の1968年に刊行された。原題は「Dance of the Happy Shades」で、これはグルックの歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」中の一曲「精霊たちの踊り」を示している。

 この曲は表題作「ピアノ・レッスン」で重要な役割を果たす。美しく、しかし陰のある幸福をまとった静謐な音楽は、本書に通底するテーマそのものと合致するだろう。

 本書には、デビュー当時の15作品を収録している。実体験にもとづいて書かれた作品も多く、とくに母とその病は繰り返しモチーフとなっている。母の死を題材とした「ユトレヒト講和条約」では、どうにも言い表せない心情を丁寧に正確にすくいあげる。読後にただよう深い余韻に、後に「短篇の名手」と呼ばれるゆえんを感じた。(後藤明日香)

週刊朝日  2019年2月22日号