●ビジョンに共感する人だけが集まり 自由な働き方をして見えてくるもの

 サイボウズもかつてはイケイケなITベンチャーで、どちらかといえば欧米的で、自己主張が蔓延しているような組織だった。それをどう改善していけばよいのかを考えてきたが、やはり共通のビジョンをつくる必要性は痛感した。

 しかし、ビジョンをつくれば済むとは思っていなかった。そのビジョンはトップである青野が掲げ、ビジョンに共感してもらえるメンバーだけが残れるようにすべきだと考えた。なぜならば、ビジョンを石碑にしたくないからだ。

 その代わり、ビジョンに共感して参加してくれるメンバーには、自由な働き方を選択してもらおうとも考えた。

 ビジョンへの共感と参加は、多様な人が一緒に働くことを前提とするので、1人ひとりが自立してもらわないといけない。朝は何時に出社するのか。そもそも今日は会社に出社するのか、在宅勤務にするのか。育児休暇を取得するならば何年間必要で、いつ復帰する見込みなのか。ビジネスパーソンの生活は、こうした選択の連続だ。

 これらを選択できる自立したマインドを持つ従業員を揃えていかないと、多様な選択肢はかえって不幸な結果を招いてしまう。だからこそ、質問責任で自立したマインドを引き出していく必要がある。組織改革の取り組みの過程で、このように気づかされたのだ。

 多様性を軸に会社を考えれば、「会社は永続しなければならない」「入社した以上は、この会社に長く勤めなければならない」などと考える人たちが、どんどん減っていくだろう。というよりも、そのような縛りから解放される人が増えていくはずだ。

 ある目標や目的を掲げて会社をつくり、そこに共感したメンバーが集まり、ある程度やり切ったと感じたならば、会社を解散する。これから日本はそういう社会に向かっていくだろう。

 サイボウズが、人材輩出工場のような存在になる可能性もある。たとえば、2018年いっぱいである社員が退社した。彼は副業で始めたレストランが軌道に乗り、そちらに軸足を移すという。私は「素敵じゃないか」と思う。その人の人生の中で、自分が今最も魂を注ぎたいことに集中できるのは、何物にも代え難いことだ。

逆に、「またサイボウズで働きたい」と出戻ってくる人もいる。そういう人は今まで9人ほどいた。それもそれでいい。事業に共感することができ、自分の時間を提供できる最も適切な場だと思うのならば、出戻りかどうかなどは一向に気にしなくていい。

 読者の皆さんは、「会社はモンスターだ」という問題意識から始まった、私の組織改革に対する考え方を、どのように感じるだろうか。他企業のトップとお会いすると、「創業経営者だからできる改革だ」とよく言われる。確かに、年功序列の中で厳しい競争を勝ち抜いてトップに登り詰めた経営者のマインドでいえば、石碑を守ることも従業員の仕事と暮らしを守ることも重要だ。

 ただ、私の「やる気」は違うところにある。私自身はチームワークが大好きで、メンバー全員が楽しく働いていることが私自身の最高のモチベーションだ。そうでなければ、私のモチベーションは大幅にダウンする。

 さらに、私たちが提供しているグループウェア、私たちが取り組んでいる新しい人事の試み、会社についての考え方などについて、共感してくれる経営トップが周りに増えているのも楽しい。楽しいならば、これを世界に広げられないかとも思う。「やるなら世界一になろう」という野望もある。

●自分が会社を去るときはサイボウズを解散させる

 しかし、そのすべてが経営トップの私、青野慶久の思いであり、その理想を誰かに受け継いでもらいたいなどとは思っていない。そう考え始めたら「石碑づくり」が始まってしまうからだ。

 そもそも、亡くなった創業者の顔を思い出しながら次の世代の人が事業を維持することに、私は気持ち悪さを強く感じる。志を立てたのは創業者や私自身なのだから、事業を受け継ぐ人がいたとしても、今までの志は一旦リセットされてしかるべきだと思う。つまり、受け継いだ人の志と言葉に書き換えられなければならない。

 だから私は、もし会社を去ることになったら、「サイボウズは一度、リセットされなければならない。サイボウズは解散しろ」という遺言を残したいと思う。

 会社という実態のないモンスターに縛られず、人の幸福を失わないようにするには、それしかない。1人ひとりが自分の胸に手を当てて、「自分は何をしたいのだろう」と考えてみてほしい。そのときに、去って行く者の言葉など不要だ。

(サイボウズ代表取締役社長 青野慶久)