「治験そのものは成功だったのだ。主要評価項目は達成しなかった。しかし、この治験から得られた情報は、ガンテネルマブ以外の薬の結果を解釈するのに極めて有用だ」

 実際、ガンテネルマブの治験では、アミロイドβの減り方自体が少なく、それに呼応するように、認知機能の悪化の抑止もなかったというデータだった。ということは、やはりアミロイドβは、原因になんらか関係しているということになる。

 レカネマブの発表では、アミロイドβが18カ月時点で、59.1パーセントも取り除かれたことが明らかになり、さらに下流のタウの変性、認知機能の悪化も抑えられていると発表された。

 点滴ではなく皮下注射という患者にとってより簡単な方法をとったガンテネルマブは、用量の問題があったのではないかと思われるが、これは、薬物動態のデータが分析されないとはっきりしたことはわからない、ということもパネルディスカッションで共有された。

 レカネマブのほうでは、抗血液凝固剤の併用は、脳内出血のリスクを増やすという副作用に関する新たな知見も共有された。

 アルツハイマーの治療薬開発は、未踏の山頂を目指す登山家のアタックのようだ。先行隊の失敗を後続隊がよく見ながら、新たに治験の設計を組み立てて一歩一歩前に進んできたのだ。

 進行に直接働きかける最初の薬「レカネマブ」は、早ければ年明け6日には、米国で承認されることになるだろう。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディアに関する作品を発表する一方、2000年代からアルツハイマー病の治療薬の開発について取材を進め、昨年『アルツハイマー征服』として上梓した。


週刊朝日  2022年12月30日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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