年をとると、昨日できたことが、今日はできなくなる。できないことは日々増えていく。これを喪失・衰えととらえるか、それとも未知への冒険と考えるか。池内紀の『すごいトシヨリBOOK』は後者だ。著者はカフカやゲーテなどの翻訳で知られるドイツ文学者で名エッセイスト。

 著者は70歳になったとき「すごいトシヨリBOOK」と名づけた手帳をつけはじめた。書き込むのは老いていく自分の観察記録。さらに、77歳のときに自分はもういない、という「予定」も。その手帳をもとに楽しくおしゃべりしたのが本書である。来年還暦を迎えるぼくは、予行演習のつもりで読んだ。

「ある、ある」と頷くことと、「そうなのか!」と驚くことが、たくさん詰まっている。

 たとえば、老人は過去を捏造するということについて。「年配者同士が昔の自分について喫茶店で話していることのかなりはフィクションでしょう」と著者はいう。「そうであってほしかった」という願望を話すうちに、自分の中で事実とすり替わっている。

 この捏造度で老化段階が分かると著者はいう。自作の早見表があって、初期段階は失名症や過去すり替え症。重度になると、忘れたことすら忘れる忘却忘却症だ。

 感心したのはシモの話である。頻尿や尿漏れ、ときには失禁。みなさんあまり口に出さないけど、共通の悩みらしい。著者はあの器官に「アントン」と名づけて労っているそうだ。最近の大人用衛生用品の進歩にはめざましいものがあるという。失敗を恐れて引きこもるより「なんとかパッド」をつけて町に出よう。

週刊朝日  2017年10月27日号