先月末、この春着任した呉江浩駐日中国大使の話を聞く機会があった。
大使は、3回目の日本駐在で日本のことには詳しい。その大使が、15年ぶりに日本に来て非常に驚いたことがあるという。
それは、テレビなどで、「日本には外敵がいるから防衛費を増やすのは当然だ」というようなことを政治家ではない「一般人が普通に」口にすることだ。15年前に離任する時には考えられなかったことだという。
この話を聞いて私は本誌の今年2月3日号でも紹介した日本経済新聞(1月15日付)のインタビュー記事を思い出した。台湾有事の報告書で話題になった米国の戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部長クリストファー・ジョンストン氏は次のように語っていた。
「2010年ごろは台湾有事のシナリオを話すのは不可能だった。いま日米はより率直に現実的に話し合えるようになり、議論が深まっている。反撃能力の保有は東アジアでの抑止力と安定に貢献できる。……前向きな一歩だ」
この言葉は、アメリカが、日本社会(あるいは世論)の安全保障に関する「常識」が大きく変わったと見ていることを端的に示している。今から10年ほど前までは、アメリカが台湾有事の話を持ち出したくても、日本国内でそれが受け入れられる余地がなかったから、話すことさえできなかった。だが、今は台湾有事=日本有事とか「敵基地攻撃能力(反撃能力)」保有が当然視され、トマホークを爆買いし北京まで射程に収める長距離ミサイルの開発を急ぐところまでエスカレートする防衛政策を世論が受け入れているように見える。
もちろん、米側から見れば、これはポジティブに評価すべきことだから、ジョンストン氏は何のためらいもなく正直に述べたのだろう。
一方、これと同じ現象を呉大使は驚きをもって受け止め、さらに、非常に危険な予兆を読み取ったのではないか。
ここから先は私の考えだが、10年前には日本の領土外にある台湾で起きた武力紛争に日本が参戦することは憲法上許されなかった。それが安倍政権の解釈改憲による集団的自衛権行使容認で参戦が可能になったという大変化が起きた。それを前提にすると、台湾有事=日本有事とか防衛費倍増や敵基地攻撃能力などの議論が芋づる式に肯定される道が開かれる。