日本は三権分立の国だと子どもの頃に教えられ、そう信じて半世紀ほど生きてきた。判決に何度か首を傾げても、その前提は崩れなかった。しかし、元裁判官の瀬木比呂志とジャーナリストの清水潔の対談をまとめた『裁判所の正体』を読んだ私は今、暗澹(あんたん)とした気分になっている。

 清水が聞き役となって進む二人のやりとりは、前半、裁判官の日常や裁判所の仕組みについて言及する。そこでは、〈裁判所の強固なヒエラルキー〉や〈裁判官が統制される三つの理由〉などが紹介され、後半のテーマである司法の闇や最高裁と権力の問題の伏線となっている。たとえば、裁判官が統制されるのは、(1)彼らが隔離された「精神的な収容所」にいて価値観がおかしくなり、(2)司法試験に通った「期」を中心に競争させられ、(3)任地がすごく広いために「判決と出世」を天秤にかけられるからと瀬木は指摘する。

 こんなのはほんの一部で、数ページ読むたびに、いかに自分が裁判所や裁判官について無知だったか思い知る。そして、最高裁が「権力補完機構」に堕しているとわかるあたりでは溜息をつき、最高裁と法務省の間に人事交流があると知って愕然とした。この本の副題にある〈法服を着た役人たち〉は「統治と支配」を金科玉条とし、権力の番人と化していたのだ。一票の格差裁判で、「違憲状態」というわけのわからない判決が出る背景もここにある。

 権力のもう一つの監視役であるメディアの怠慢もあるが、裁判所や司法の正体を知らないことは恐ろしいと切実に思う。歪んでしまったこの国の三権分立の内実を知るためにも、この本をお勧めする。

週刊朝日  2017年6月30日号