放映中のNHK朝ドラ「べっぴんさん」が迷走中だ。視聴率は悪くないにしても、ピリッとしたところのない登場人物とあまりに起伏のない内容。ここまでアレだと、逆に史実が気になってくる。

 青山誠『坂野惇子(ばんのあつこ) 子ども服にこめた「愛」と「希望」』は「べっぴんさん」のモデルになった企業ファミリアと、同社を立ち上げた坂野惇子にスポットをあてた本である。ドラマの放映に合わせて急いで作った本なのか、評伝としては物足りない。が、時代的な背景や街の雰囲気は伝わってくる。

 1918(大正7)年、惇子は外国雑貨の輸入業を営む佐々木八十八(やそはち)の娘に生まれた。八十八は後のレナウンの創業者だ。

 佐々木家の3男3女のうち長女と次男は早世し、末娘の惇子は過保護気味に育った。神戸のお嬢様学校・甲南高等女学校を出た後は、子爵家に嫁いだ姉のいる東京に出て、東京女学館の聴講生に。40(昭和15)年、大阪商船(後の商船三井)に勤める京大出の坂野通夫(みちお)と結婚。2年後には娘の光子(てるこ)が生まれ、西洋式育児法を教えるベビー・ナースを雇った。

 恵まれすぎた前半生。著者も困って〈おもしろいエピソードが見つからないのは、おそらく、そういった恵まれた環境にも原因があるようだ〉と書く始末である。

 戦後、女学校の同級生らと女性4人でファミリアを立ち上げた後も、惇子および同級生の枝津子の奥様体質はいかんともしがたく、惇子は〈会社経営にあたる役職は、絶対に男性でなければいけません〉とかいって社長になることを拒み続ける。一方、彼女に代わって社長に就任した夫の通夫は想像以上の経営感覚のなさにあきれ果てる。〈思っていた以上に、この会社は甘い。甘すぎる〉

 そんな会社がなぜ子ども服の一流ブランドに育ったのか。結局のところ、最大の要因は「時代」だったようだ。ファミリアの創業期は戦後のベビーブームの時代と重なっていたのである。まあ、目のつけどころがよかったということなんだろうけれど。時代を描けていないからドラマがああなるのか。

週刊朝日 2016年3月3日号