10年ほど前から急増した教育書に、父親による子どもの中学受験レポートがある。わが子が中高一貫校に合格するまでの汗と涙の記録だが、子どもの受験に父親が熱中する理由が読むとわかる。
塾選び、目標の設定、工程管理、やる気を喚起する方法、志望校選び、直前対策……。子どもの受験は会社の仕事に似ているのだ。中学受験は親子で挑む難事業。自分は子育てに関与してるぞ、という充実感も味わえますしね。
桜井信一『下剋上受験』も父親による娘の中学受験体験記だが、ただし本書が類書と異なるのは、著者夫妻が中卒である点だろう。
受ければ入れる高校に一度は進学するも「これでいいのか」という疑問から夏休み前に退学。15歳で社会人になった著者は転職を繰り返した。彼の父母も中卒だった。〈私の父は、私の母は、人生が辛くなかったのだろうか。私は今までずっと辛かった。羨ましいことだらけだった〉
キッカケは娘に受けさせた全国統一小学生テストだった。結果は26393人中20000番台。このままでは娘を「負のスパイラル」に巻き込んでしまう。一念発起した著者は、娘が5年生の夏に中学受験を決意する。目標は女子の最難関校・桜蔭中学。塾にも家庭教師にも頼らない。〈スタートした日から受験まで一日も休まず勉強した。旅行どころか身内の冠婚葬祭も父娘で欠席するという常識のなさ。放課後から深夜まで毎日勉強した。一度もテレビを観ることがなく、公園にも一度も行かず、母親の買い物に一度もついて行かず、毎日毎日勉強した〉。
阿部サダヲの主演で1月からはじまったドラマの原作だが、エンターテインメント性の強いドラマに比べると、原作はぐっと学習の内容寄りで、算数の難問にどう取り組んだかなどが語られる。
目標校の定員は240人。〈あの240人枠は既に神童たちで予約満席のようにみえるが、8割の指定席に2割の自由席があると私は思う〉。受験のみならず子育てについて考えさせる好著。高学歴パパの本より哲学的かも。
※週刊朝日 2016年2月17日号