いわゆる「小泉備蓄米」の政治的意図
ところが、今では買い戻し条件のない備蓄米が安価に出回っています。この、いわゆる「小泉備蓄米」は、さまざまな政治的意図を孕(はら)んだものだと私は考えます。
まず、米高騰に際して政府ができることは「米の購入に係る経済的支援」か「備蓄米の放出による市場価格の低下」です。前者は大きな財源を必要としバラマキとの批判を受けやすいですが、後者は既に政府の資産として存在する備蓄米を活用することで供給不足に直接対処する形を取ることができるため納得感を得やすいやり方といえます。随意契約の直接取引という形式で迅速に市場に供給したことにより速攻的に消費者の助けとなるだけでなく、在庫の有効活用という名目も立ち、「フードロス対策」「SDGs」の観点からも有利。現金給付等の支援策と比べ、政治的コスト(批判)が少ないのは明白です。
他方、小泉備蓄米には負の側面もあります。まず、先に述べたように米価の下落による米農家の収益悪化です。備蓄米の放出が安易に行われれば、長期的には生産者の離農につながり、米の自給率低下を招く恐れがあります。もうひとつは「政府備蓄米制度」の信頼性低下です。需給調整政策という本来の趣旨から逸脱し、価格調整政策のために放出するのは、下手をすれば制度の濫用と捉えられかねません。「国民が米を食べられず、生活に窮する事態まで待て」というわけではありませんが、今回の備蓄米放出タイミングにおいて健全な食生活に支障をきたすレベルの米不足が発生していたのかは疑問が残ります。主食も多様化し、米の消費が年々減少していく中で、備蓄米を放出する以外の方法がなかったでしょうか。
なぜ米は今まで安価だったのか
ところで、なぜ今まで米は安かったのでしょうか。もっとも大きな要因は、米に対する需要の減退です。近年は国民の米離れに歯止めがかからず、1960年代に110kgを超えていた一人当たりの年間消費量は、2020年代ではわずか50kg台にまで減少しています。しかし、需要に応じてすぐに生産量を減らすことはできないため、需要量と供給量にギャップが生まれ、価格が下落しやすくなりました。
もうひとつの要因は、日本の稲作農業の非効率性です。近年、大規模化・効率化が進んできてはいるものの、依然として小規模かつ高コストの稲作を行う農家も多く存在しています。これらは収益性が低いために兼業農家が多く、「副収入としての稲作」が維持されてきました。つまり一定数、市場で積極的に利益を出そうとしない生産者が存在することによって、価格の下支え圧力が弱いという実態があります。
しかしこうした兼業農家が日本の稲作を支えてきたことも、また事実です。今後さらに高齢化が進み、リタイアする兼業農家が増えれば、ある程度は効率化が進むと考えられますが、山がちな国土ではそれにも限界があり、適切な支援がなければ米価高騰が慢性化する可能性は否定できません。