藤井セイラ/富山県出身。40代。東京大学文学部卒業後、リクルートを経てフリーに。2024年まで集英社のウェブサイト「よみタイ」でDV避難エッセイ「逃げる技術!』を連載。(photo 本人提供)
藤井セイラ/富山県出身。40代。東京大学文学部卒業後、リクルートを経てフリーに。2024年まで集英社のウェブサイト「よみタイ」でDV避難エッセイ「逃げる技術!』を連載。(photo 本人提供)
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 編集者・エッセイストの藤井セイラさんは、夫のDVに耐えかね、40歳の時に6歳と3歳の子どもを連れて家を出ました。DVからの避難は困難の連続で、離婚調停は不成立に。仕事や子どもの学校・園のことを考えると、地元・富山に帰るハードルも高い――。結婚そして離婚に直面している現在に至るまでの想いを聞きました。

【写真】80円のペンを買って怒鳴られた 藤井セイラさんが語るDV被害

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「付き合っている間、彼は『家事も何にもしなくていいよ』とこの上なく優しかった。でも、“擬態”だったと思います」

 DVは結婚前に見抜けませんか?と尋ねると、藤井さんはそう答えた。

 富山県の公立高校から東京大学に進学し、リクルートに就職。27歳で結婚すると、夫の態度は豹変したという。家事はすべて藤井さんの担当、給与は全額渡すよう要求された。

「念のために月3万円だけ別に貯めていたら、半年後に『少なくない?』と問いただされました。『少し心配だったから』と言った瞬間、振り上げた拳が頬をかすりました。それが怖くて、それ以降は手元のお金はすべて渡すように」

 掃除・洗濯・料理はもちろん、買い出し、ゴミ出し、害虫退治、調べ物や旅行の手配などもすべて妻の担当になり、少しでもミスをすると舌打ちされ、小突かれる。ただしお金だけは夫の手にあった。何度も逃げようとしたが、連れ戻された。

80円のペンを買って怒鳴られる

「私はただ、感情をぶつける“おもちゃ”や“ゴミ箱”みたいな存在だったと思います」

 体に異変も起きた。味覚障害、皮膚病、メニエール病、気管支喘息。咳が止まらなくなり、出社も困難になる。夫から「好きな仕事だけをして生きていけばいいよ」と何度も優しく勧められて退職するが、辞めた途端、「俺がいなきゃ野垂れ死にだ」。

「辞めずに会社の休職制度を使うべきでした。経済力は手放しちゃダメ。夫に少しでも不満を伝えると、『俺より1円でも多く稼いでから言え』。ますます立場が弱くなりました」

 結婚前から持っていた自分名義の銀行口座やクレジットカードも解約させられ、夫の家族カードを使うようにと指示される。食品や必需品はそれで買うが、カード明細を一行ずつ細かくチェックされた。

「80円のペンを無断で買って怒鳴られました。子どもの習い事、洋服、見てよいテレビ番組なども、すべて夫が選んだものだけ。困窮はしていないけれど、自由はなかった。スマホのGPSで居場所も見られていたから、突然、出先に夫が現れて驚かされることも」

 子どもが生まれてからは抗うつ剤が手放せなくなった。年配の精神科医に相談したが「夫婦なんてそんなもん」と笑い飛ばされ、DV相談にはつながらなかった。

「逃げる直前の時期は、『私のすることは全て失敗します。あなたの言うことを聞いておけば間違いありません』と朝から子どもたちの前で復唱させられていました。立ったまま残飯を食べさせられたり、家の中で転ばされたり。毎日そうされていると、本当に『自分は無価値な人間だ』と思い込んでしまいます」

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