
カルト宗教やマルチ商法と同じ
だが驚くべきことに、藤井さん本人はDVだと自覚できていなかったそうだ。
「カルト宗教やマルチ商法と同じです。誰かに外に引っ張り出してもらうまで気づけません。私の場合はたまたま『変じゃない?』と言ってくれる友人が近くに引っ越してきて状況が変わった。彼女に勧められて行った役所の相談窓口で、ソーシャルワーカーさんに真剣な顔で『重度の経済的・精神的・肉体的DVです。お子さんにとっても面前DVで、虐待です』と言われ、目が覚めました」
親しくても、夫婦関係への口出しは、遠慮してしまうもの。家出後に「実はおかしいと思ってた」と周りの女性からは言われたが、男性からは「驚いた」という声が多かったそうだ。「男女でも気づき方に差があるのかもしれません」
いざ逃げようと思っても、誰もがすぐ安全な場所へ移れるわけではない。公的なDVシェルターは、命に関わる肉体的暴力を受けている人が優先だし、秘匿のために通勤や通学も制限され、社会的なつながりを失いやすい。
「一度、実家に帰っては」は現実的ではない
児童相談所、自治体の福祉課、警察からは「一度、お子さんを連れて実家に帰っては」と勧められたが、子どもは都内の幼稚園と小学校に通っていて、藤井さん自身にも仕事がある。現実的ではなかった。
「すでに40代。富山に戻ってまた東京に再出発するパワーが持てるかと考えると、無理だと思いました」
だが、児相が強く父子別居を勧めているのに無視するわけにはいかない。児相に「不適切な養育」とみなされると、調査のために子どもを施設に「一時保護」される可能性もあるからだ。それだけは避けたいと考え、藤井さんは当初、弁護士を通じて夫と話し合いを試みつつ、一時避難のつもりで子どもたちと1カ月、都内のビジネスホテルを転々とする。お金も手間もかかった(現在は完全に別居)。
「うちはなんとかホテル避難できましたが、それも難しく、また、実家を頼れない人もいるはず。公的機関は女性に『実家へ』と勧めますが、実家以外の逃げ場所も必要です。生活を立て直すために一時入居できる『大人の寮』のような場所があれば」

結婚には「ゼクシィ」があるのに
結婚には「ゼクシィ」のような雑誌があるが、離婚の情報を集めるのは困難だと気がついた。そこで集英社のウェブサイトでDV避難エッセイ「逃げる技術!」の連載を始めた。すると、大量の抗議が寄せられた。
「ほとんどが男性からで、『女に逃げ方を教えるなんて』と。生活に必要な知識を伝えたいと思っただけなのに、激怒する人がいることに驚きました。一度結婚したら家庭のもの、という考え方なんですね。女性が自分の意思で動くことに怒りを覚える人たちがいるんだ、と知りました」
恐ろしい領域に足を踏み入れたと感じた。いまでも放火予告や殺害予告が寄せられたりもするという。でも、もう覚悟は決まっている。
「わたしたち40代女性は氷河期世代の終わりを生きて、就職試験や仕事の待遇で男性と差がつけられることを『当然』だと受け入れてきました。でもこれからは、女性も男性も、相手と対等な人間関係を築いていく方法を模索する時代だと思います。DVや離婚に関する情報を伝えていくことで、これから結婚や同居をする若い方にも、熟年世代の方にも、対等なパートナーシップについて考えてもらえたら」