
──「死んだ女の子」はライブでも歌いました。
元:はい。広島での生放送のあと8月7日、茨城県のひたちなか海浜公園で行われた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の坂本さんのステージにゲストで呼んでいただきました。坂本さんがピアノでイントロを弾くと、熱狂していた夏フェスの会場が静寂に包まれました。「死んだ女の子」の持つ力を思い知らされる体験でした。その後も、広島で開催された吉永小百合さんの詩の朗読と音楽との協演「World Peace Concert “HIROSHIMA” 2013 メモリアルリーディングコンサート」や脱原発を訴えるイベント「NO NUKES」などのステージで坂本さんのピアノでこの曲を歌いました。
──この曲を通じて子どもたちにも平和の大切さを伝えているんですよね。
元:時々、奄美の小中学校に歌いに行く機会があります。そのときに「死んだ女の子」を歌うこともあって。力のある作品ですし、子どもたちの記憶に残り、大人になってからでもいいので思い出してほしい。平和を思うきっかけにしてほしい。なかには私が歌っているシマ唄(奄美民謡)に興味を持ち、自分でも歌うようになる子もいます。そうやって、次世代、次々世代へと平和と文化の大切さを歌い継ぎ、語り継いでいってくれたらいいな、と願っています。

──平和のループですね。
元:私には娘と息子、2人の子どもがいます。彼らにはずっと、私亡き後も幸せでいてほしい。でも、うちの子だけが幸せになることなんてありませんよね。社会が、世界が平和でなければ、うちの子たちも幸せでいることはできない。日本中、世界中が平和を願い生きていかなくてはいけません。
ちょっと親バカ発言になりますが、娘が小学生のときに学校で作文を書き表彰されたことがあります。題は「戦争はいやだ」。テレビ番組で見たある事件をきっかけに、なぜそういう悲劇が起きたのか、そしてそのときに「死んだ女の子」の話もしました。作文は、私の話を受け止めた子どもなりの言葉で綴られていました。最後に、私の母は「死んだ女の子」という歌を歌っています、テレビもこの歌も怖くて、そんなことはもう起きてほしくないから「戦争はいやだ」。私の平和への思いは、自分から一番近くにいる子どもにしっかり伝わっているんだと感じられたことは大きな勇気になりました。
(構成/ライター・神舘和典)
※元ちとせさんによる「死んだ女の子」の歌唱映像がYouTubeで公開中(→こちら)
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