美容サロン「mu;d」には、他人の目が気になりにくい個室を備えた店舗もある(写真:富永さん提供)
美容サロン「mu;d」には、他人の目が気になりにくい個室を備えた店舗もある(写真:富永さん提供)

 くせ毛、白髪、薄毛……悩みを抱えるお客さんも多い。

 お客さんの希望を最大限かなえたいと思う一方、お客さん自身によるカラー、施術の失敗などにより、お客さんが髪そのものにリスクを抱えている時もある。

「だからこそ、カウンセリングは、風船の表面に付いたゴミを針で丁寧に取るようなもの。少しでも針先で刺してしまえば、髪だけでなくお客様の心も傷つけてしまう。『何を言うか』より『どう感じさせるか』を意識しています」

 富永さん自身も、縮毛矯正に通っていた常連の女性に「お金を結構かけてるんですね」と不用意な一言を放ち、相手の表情が曇るのを見た経験がある。「すごく気を使ってらっしゃるんですね」と、まずは努力を認める言い方が必要だったと反省している。

「“オーガニック信者”のお客様に対しても、『それは間違ってます』と否定するのは絶対NGです。『お好きなんですね』と肯定し、『よかったら、これも試してみませんか?』とそっと選択肢を提示するんです」

「今のケアも素晴らしいけど、こういう方法もありますよ」と少しずつ提案すると心を開いてもらいやすいという。

「カリスマ美容師ブームの影響かもしれませんが、技術さえあればいいと勘違いしている美容師は多いです。『俺のセンスについてこい』とアーティスト気取りになってしまう人、トレンドの施術だけしたい人もいます」

「国家資格である美容師免許の試験では、接客技術は問われませんし、カットやパーマの技術が課されますが、実際には現場に立てる技術は得られません」

 技術だけあればいいという誤解が、顧客とのすれ違いや“説教系”美容師を生み出さないか。

 だが、人口構成の最も厚い層は、50代の団塊ジュニア世代たちだ。

「美容室の主力顧客であり、見た目のコンプレックスも抱えやすい年代です。これからは、コンプレックスに寄り添える美容師がより求められると考えます」

 選ばれるのは、否定ではなく共感から始まる美容室だろう。

「美容室で傷つきたくないから、『こうなりたい』が言えなくなったお客様もいると思います。でも、欲求を隠す必要はありません。それに対して『こうしていけば、なれますよ』と夢を見せて、そのために何が必要なのかを明確に伝え、そして実現できるのが、美容師の仕事です。どうかお客様も、諦めないでください」

(AERA編集部・井上有紀子)

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