社民党副党首の大椿裕子氏は、通りすがりの男性市民に「くるくるぱー」のジェスチャーをされた。杉田氏は自分を攻撃する男たちを晒すように動画を撮っていたが(それも自分を守るひとつの手段なので批判しない)、大椿氏は「くるくるぱー」のジェスチャーをした男に対し、「(こういう目にあうから、選挙に)女性候補者とか、出たくないわと思うんよ」と必死な目で諭していた。それでも男は女性への差別的な言葉をつらつらと語り続けたという。

 参政党のさや氏の元でも、黒いサングラスとマスクで顔を伏せた男たちが怒鳴り声をあげ演説を邪魔する姿が報道されている。国民民主党の牛田茉友氏は送迎車が長時間にわたってつきまとわれ、演説場所を事前公表することを一時控えた。

 男性候補者に対する嫌がらせももちろんあるだろう。でも数でいえば男性より少ない女性の被害が目立つということは、しかも男性からの暴力的な嫌がらせが目立つということは、思想信条に関係なく力ずくで女の口を塞ぐやり方を肯定する空気があるのだ。

 長い間、“そういうこと”をする人は、右翼的な人だと考えられていた。ヒロイックな悲壮感で暴力行為に訴えるような政治活動。そんなものは、フツーは民主主義を尊ぶ社会では認められない。ところが今は、「言葉で解決しよう」「話し合って解決していこう」というタテマエを大切にしていたリベラルな立場に立つ人たちが自ら、敵対する思想の人に対し、「ヘイトスピーチだ」「差別だ」と単純な言葉で罵り、暴力的な振る舞いを辞さないようになっている。民主主義のタテマエすら守ろうとしないリベラルな人たちのあり方に、衝撃を受ける。しかもそこには、そこはかとない女性嫌悪が見え隠れするとなれば……。右も左も女にとっては安全圏ではなくなっている。

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