善逸の“特別な”兄弟子
訓練をサボりがちな善逸に対する獪岳の怒りに、正当性があることは明らかである。しかし、善逸への言葉の数々には、兄弟子らしい余裕はなく、同門の者としての愛情のようなものも込められてはいなかった。「強くなりたい自分の努力」を邪魔する弟弟子を獪岳が憎々しく思っている様子がうかがえる。それでも善逸は、獪岳のことを“特別な存在”だと思い続けていた。
獪岳が 俺のことを嫌っていたのは 十分わかっていたし
俺だって獪岳が 嫌いだった
でも尊敬してたよ 心から
アンタは努力してたし ひたむきだった
(我妻善逸/17巻・第145話「幸せの箱」)
そして、彼らの運命は、ある特別な鬼との出会いによって、分たれていく。
「雷の呼吸」の欠損
努力家で我慢強い獪岳。泣き虫ですぐに弱音を吐く善逸。とうとう厳しい訓練の果てに、彼らには皮肉な現実が突きつけられる。無限城の戦いで敵として対峙し合うことになった獪岳に向かって、善逸は辛辣な言葉を浴びせかけているが、ここには獪岳と善逸の“不完全さ”と、彼らコンプレックスが浮かび上がっている。
俺がカスなら アンタはクズだ
壱ノ型しか使えない俺と
壱ノ型だけ使えないアンタ
後継に恵まれなかった爺ちゃんが 気の毒でならねぇよ
(我妻善逸/17巻・第144話「受け継ぐ者たち」)
かつて「鬼殺隊最強の剣士」とうたわれた、偉大な師である桑島。彼が振るう6つの「雷の呼吸」の技は、“1人の人間”に完全には継承されなかったのだ。桑島は2人の弟子たちを等しく慈しみ、等しく教え、鍛えた。しかし、不思議なことに「雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃(へきれきいっせん)」は善逸だけが、それ以外の技は獪岳だけが使えた。2人がそろうことでやっと、桑島の「雷の呼吸」は完全な形となる。
異例の「雷の呼吸・2人の継承者」が誕生した。桑島の決断が、この仲の悪い兄弟弟子同士の運命を「暗き深き穴の底」へと導いてしまうことになる。