料理研究家のリュウジさん(撮影/写真映像部・松永卓也)
料理研究家のリュウジさん(撮影/写真映像部・松永卓也)
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 YouTube登録者数529万人を超えるリュウジさん。デビュー作となるレシピ本出版の過程で、「絶望」の体験をしたといいます。仕事への信念を語りつくした7月18日発売の最新刊『孤独の台所』(朝日新聞出版)より、一部を抜粋してお届けします。

【写真多数】リュウジさんの孤独な横顔

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「レシピ本をうちから出しましょう。ただし、フォロワー数が10万人になったら」

 当時、俺のSNSのフォロワー数はまだ1万人ちょっとでしたが、それでもレシピを投稿すればバズるようになっていました。

 そんなとき、最初に出版オファーをいただいたある大手出版社の編集者から打ち合わせの席で言われたのが、この一言です。

 時代は2017年。

 SNSから売れるレシピが生まれるという考えが浸透してきて、各社が新しいレシピ本の書き手を探していました。

 俺もその候補の一人だと思われたことはすごく嬉しかったけれど、この一言で喜びは束の間、一気に絶望しました。

 俺のレシピがダメで、広がりが足りないと言うのならわかる。そうではなく、本を出版するかどうかのボーダーラインにフォロワー数を設定された理由が、まったくわからなかったのです。

 俺が絶望したのは数がどうこうというより、出版社の覚悟の問題です。

 俺は腹をくくって、それまでの仕事をすぱっとやめてレシピを作ってこつこつ投稿して、メディアの仕事もこなすようになってきた。そんな俺のレシピを評価しているから、まだ無名の著者だけどリスクをとって出版してくれるんじゃないのか、と思っていたわけです。

 しかし彼らが言うには、出版するとなるとやっぱり赤字のリスクが伴う。特に料理本、レシピ本は無名の著者で売れるかどうかもわからない分野だからこそ、一定のフォロワー数はほしいということでした。

 確かにフォロワーが10万人ぐらいいたら、そのうち何パーセントかが本を買ってくれるでしょう。そうした資料が社内で企画を通すときに必要なんでしょう。

 俺はそのやり方がすごく嫌でした。

 ビジネス的な判断としては正解なんだと思います。俺も今では動画制作チームを食わせて、企業と一緒に商品を開発する経営者としての側面があります。

 だから経営の論理としてすごく正しいことはわかる。

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