
歌舞伎役者の半生を描いた吉田修一さんの長編小説『国宝』(朝日新聞出版)。今年6月、李相日監督によって映画化されて大ヒット中だが、小説の構想が生まれたのは10年以上前に遡る。そのときから伴走を続けてきた朝日新聞出版書籍編集部編集委員の池谷真吾が、社会現象になった「国宝」の秘話を余すことなく語った。(前後編の前編/後編はこちら)
【写真】吉沢亮と横浜流星の子ども時代を演じたのはこの2人!編
* * *
今回の原作のミリオンセラーは、映画の大ヒットとの相乗効果から生まれたものなので、こうしたインタビューに原作の担当編集者がのこのこ出てくるのは、場違いだと思いつつ、原作者の吉田修一さんからは「ここまで盛り上がったら仕方ないですよ」と背中を押され、このインタビューをお引き受けすることにしました。映画「国宝」についてはネットニュースやSNSで考察があふれかえっていますから、識者とは違う角度からお話しできれば、多少は原作に寄与できるのではないかと思います。
映画は、そのスケールの大きさに、ただただ圧倒されました。2017年1月に朝日新聞で連載がスタートしてから、書籍化、文庫化と、吉田さんと一緒に走ってきた作品が、ついにビジュアライズされたわけですから、もっとさまざまな感慨がわくものだろうと思っていましたが、最初に浮かんだのは「予想を遥かに超えるすごい映画を観てしまった」という子どものような感想でした。

「映画史に残る傑作だと思う」
吉田さんの「100年に1本の壮大な芸道映画」という映画へのコメントは、ラッシュ(試写)を観た後に行われた李相日監督との対談中の言葉ですが、溝口健二監督の「残菊物語」(1939年)以降(同作品は1956、1963年に別の監督で映画化されてはいるものの)、新たに梨園の世界を舞台にした映画はなかったと思いますので、そうした意味でも映画史に残る傑作だと思います。
映画と異なる原作の魅力は二つあって、ひとつは、語り口です。「です/ます」「ございます」という、現代小説ではあまり見ることのない文体ですが、吉田さんは、あらゆる人称や視点を試されて、ようやくこの語りに辿り着きました。そして、この語りの着想もまた歌舞伎に由来するもので、大きなヒントになったのは、襲名披露の口上と聞いています。で、この語り手は誰なのか、歌舞伎の神様なのか、喜久雄が契約した悪魔なのか、それとも役者たちを見てきた芝居小屋が語っているのか、いろいろ仮説を立てながら読むのも面白いと思います。