
「『国宝』見た?」が世間では時候のあいさつになっている。歌舞伎俳優を主人公にした3時間近い大作映画「国宝」が6月6日の公開以来、7月7日現在で44億8千万円の興行収入を上げ、動員ランキングの首位を走っている。
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シネコンで全国公開されるタイプの商業映画は封切り初週が最も観客を集め、そこから下がっていくのが当たり前になっている。ところが「国宝」は4週にわたり、前週末よりも観客が増え続けている。最近の映画界においては異例中の異例の推移である。
これは明らかに映画を見た人たちが、クチコミやSNSで大絶賛したことが影響している。3時間という上映時間は本来なら、観客に二の足を踏ませる要素になるが、「3時間があっという間だった」「全然退屈しない」といった評価が大半を占め、逆に大作感を醸すのに貢献している。
まるでジェットコースターのように
絶賛が広がれば当然アンチの感想も現れるわけだが、これとて「期待したほどではない」という内容が多く、未見の人たちに、一体どっちなのかを確かめに行かせる方向になっている。すべてがプラスに作用するというのは、つまり「国宝」が社会現象化している証左にほかならない。
吉田修一の原作小説(朝日新聞出版)も売れている。文庫本で上下巻の大部だが、こちらも100万部を突破してミリオンセラーになった。この映画を見ると、原作を読みたくなる心理がよく分かる。
ヤクザの家に生まれ、外から歌舞伎の世界に入った喜久雄(吉沢亮)と、大名跡たる花井半二郎の御曹司の俊介(横浜流星)。2人の人気役者の10代から晩年までを描く物語だが、とにかく3時間あっても時間が足りない。それゆえに歳月をどんどん省略してゆく。一つのエピソードを結末まで見せることなく、ポーンと何年も先の話へと飛ばす。その跳躍の仕方が映画のリズムを生んでいる。前のエピソードがどんな風になったのかは、次の時代でじわじわ明らかになる仕掛けだ。3時間をまるでジェットコースターのように猛スピードで上り下りして退屈させないが、歳月の重みはしっかり残るように作られている。