高校に入ると進学コースと就職コースに分かれますが、その頃から、郵便に対する興味が強く、出来れば郵便局に勤めたいと思うようになりました。この頃、すでにわが家は無職状態だったので、僕の郵便屋さんへの希望には両親は大喜びでした。これで老齢の面倒が見てもらえると両親は考えて内心は安心したように思います。まあ、そんなわけで、これで僕の一生も決定するだろうと安心していました。
子供の頃からですが、どういうわけか、大志を抱いて、社会の荒波にもまれながら、自分の意志をつらぬこうというそんな野心はミジンもなく不思議なほど興味がなかったのです。高校時代になっても相変わらず小川にコブナを獲りに行き、学校では郵便友の会を結成して、他校の生徒をペンパルにしながら、気持ちを一歩一歩、郵便への関心を現実化させていましたが、全て遊びの域を出ていませんでした。
郵便に関する知識は少しずつ増えていきましたが、一般教養には全く関心がなく、家には本が一冊もない大の読書嫌いときていました。町には書店がひとつある程度で、買うのは少年雑誌で、小説などには全く無関心で、中学時代に雑誌で読んだ江戸川乱歩と南洋一郎ぐらいで、文学的な本はむしろ嫌悪して一冊も読んだ記憶がありません。
人間には宿命と運命が与えられています。生まれる以前からおおよその生涯が決められているのが宿命です。僕が養子に行くのは環境から逃れられなかったのです。決定的な星のめぐり合わせです。一切の現象はそうなるように予定されていて思うように変えられなかったのです。だからその後も、前世から決まっている運命に従わざるを得なかったのです。中卒で就職まで決められながら、別の力が働いて、そうならなかったのです。別の力というのは運命の力です。そしてあれだけ希望していた郵便屋さんになれなかったのも、ここに時代の推移とか、超越的な何かによって、そうならず、その後の想像もしなかった偶然の出会いや出来ごとによって、僕の将来が決定していくのです。
そんな出来ごとに直面した僕は常にその時のなりゆきにまかせてきました。そしてその結果が現在だということです。僕の生涯、いい意味で運命に翻弄されてきたと思うのです。
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰
※週刊朝日 2023年4月28日号